2022年2月24日

食料主権を考える 後編「今こそ日本で食料主権を考えるべき理由」

北海道大学大学院農学研究院准教授 小林国之

エシカル消費の本場、ヨーロッパでのエシカルな食に関する最新トピックを北海道大学の小林国之先生に解説していただきます。今回のテーマは食料主権。今回も小林先生の「中学生でも分かる、食のキーワード解説」、必見です!

【聞き手:市村敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】

食料主権をどう掴む?
ニカラグアの政策がヒントに

ーー前編では食料主権の考え方がいったい何を意味しているのかについてお話を伺いました。ただ、食料主権の意味が分かっても「それって具体的にどう形になるの?」というイメージが湧かないのが正直なところです。なので、ここからは食料主権の考え方が実際に政策などで形になった例を教えて頂ければと思います。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林先生(以下、敬称略):私が知る限り、食料主権の考え方を国レベルで大々的に反映しているのが、中米のニカラグアです。

インターネットで検索すると、ニカラグアは「独裁者がいる国」など、マイナスなイメージで書かれていることが多いですね。しかし、ニカラグアの食料自給率は非常に高いんです。というのも、同国で独裁体制を敷いているオルテガ大統領は反米の政治姿勢で、アメリカをはじめ西側先進国に食料を依存しないために食料の自給を推進しているのです。

ーーおお、なるほど。そういう理由で食料主権を取り戻したわけですか!

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:そう。具体的には、まず農地改革を実施してたくさんの土地持ち農民を生み出しました。そして、その農民たちに輸入資源に頼らない農業を推奨しています。さらに、多品目の栽培を科学的な知見を活かして推進するために、前編でもお話したビア・カンペシーナなども支援をしています。

農家の権利を手厚く保障しつつ、自国で食の主導権を握るというニカラグアの政策はまさに食料主権の考え方を体現しているものと言えます。

ーー確かに、前編のお話に出てきたグローバルアグリビジネスからの独立ということを考えると、政治的にアメリカから独立する必要があるというのは、食料主権を進めやすい環境ですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:そうですね。でも、このニカラグアの例で注目すべきなのは、食料主権を進めたことによって、国民の多数を占める農家たちが保護されて社会が安定したことです。ニカラグアは外からは独裁政権でGDPも低くて貧しい国に見えるかもしれないですが、ニカラグアの国内事情に詳しい人の話によると、国内社会は安定しているそうです。

つまり、食料主権を国の政策などで具体化する上で重要なのは、社会を安定化させるための方法として食料主権を考えるということです。

もう少し言い換えると、食料主権を「社会を安定化させるために最も適した食のあり方を自分たちで決める権利」というように考えると、具体的にどういった取り組みを進めるべきなのかが考えやすくなると思います。

今こそ日本で考えたい
食料主権のあり方

ーーでは、次に日本で食料主権はどうあるべきかについて教えてください。前編では、「日本は食料主権があるとは言えない状態」とのお話でした。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:先ほど、社会を安定化させる方法として食料主権を考えるべきとお話しましたが、日本でもその観点から食のあり方を考えてみるべきではないでしょうか。

つまり、日本という国をどう持続的に安定させるかという文脈で食料主権を大切にすべきではないかということです。

ーーなるほど。ということは、今の日本は食料主権がないため、社会が不安定化するリスクが大きいと考えられるということですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:そうですね。ご存知の通り、日本はアメリカなどから穀物を中心に食料を大量に輸入しています。前編でもお話した通り、自給率が低いからといって食料主権がないとは限りません。アメリカでの生産のあり方などに日本の意見が反映されるのであれば、ある程度は食料主権があると言えなくもないですが、実際にはそうではありません。

また、食料だけではなく、日本で農業をするために不可欠な資材類も外国に大きく依存しています。

ーー資材というと、農薬などですか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:農薬もそうですが、最近大きな問題となっているのは化学肥料ですね。化学肥料は尿素などが主な成分なのですが、いまこの尿素が世界的に不足していて、化学肥料の輸入大国である日本でも肥料不足が深刻な事態となっています。

ーーなんと、化学肥料が不足しているとは!

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:北海道・十勝地方の農家の皆さんに話を聞くと、今年の肥料不足はかなり深刻で「この状態が毎年続くと大変だ」という声が多いです。

こうした事態に直面すると、日本という国は食のあり方を決定する主導権を外国に握られていて、かつ持続可能なあり方ではないということを実感します。

ーー問題は、持続可能ではない食料生産のあり方に日本の人たちが知らないうちに依存してしまっていることというわけですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:そういうことです。日本人にとっては、「食事は自分で決めているよ」という感覚があるから、ピンと来ないかもしれませんが、広い視野で見ると「何を食べるか」や食べ物の生産方法は自分たちでは選べていないんです。

ということで、日本が食料主権を取り戻せる方向性を考えると、2つの方針を組み合わせることが必要になると思います。

1つ目の方針は、日本の国内でいかに安定的に食料を生産するかを考えることです。輸入する化学肥料に依存している方法では持続的ではありません。ただ、それも単なる伝統回帰ではなくて、ニカラグアがビア・カンペシーナの支援を受けているように、最新の科学的知見に基づいた方法論を模索するべきでしょう。

ーーただ、日本の国土を考えると、国内での生産量に限りがあることは明らか。それで2つ目の方針が必要になるのですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:そうですね。食料を輸入することは避けられないです。その時、食料を輸入するにあたって、日本と価値観を共有する国や地域との結びつきのなかで行うこと。これでも食料主権は維持されると思います。

そして、国際的にどのような食料を生産して共有すべきかを考えた時に、重要になるのが「エシカルな価値観」なのだと思います。食のあり方を考えるときに、必ずしも自給ばかりを追求する必要はなく、どういった国から食料を買うのか。もっと身近なところで言うと、どのような生産者から食べ物を買うのかということを消費者が意識して、食べ物がどう作られるかということに消費者も積極的に関与していくことが最も重要だと思います。

そうすることで日本が、そして我々ひとりひとりが食料主権を持って、安定的な食のあり方を実現することができるのです。

ーー消費者と生産者が垣根なくコミュニケーションが取れる仕組みが日本でも生まれていくことを期待したいですね。小林先生、今回もありがとうございました!

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プロフィール
小林国之(こばやし・くにゆき)
1975年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了の後、イギリス留学。助教を経て、2016年から現職。主な研究内容は、農村振興に関する社会経済的研究として、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社、2005、『北海道から農協改革を問う』筑波書房、2017などがある。
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