2021年9月21日

牛にトイレを覚えさせる!? 家畜の排泄物対策に取り組む各国

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「牛にトイレを覚えさせる!? 家畜の排泄物対策に取り組む各国」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

地球温暖化の原因に?
家畜からの排泄物

牛のゲップが地球温暖化の大きな原因らしい。このことは既に多くの方がご存知のことでしょう。

牛は消化の過程では強力な温室効果ガスであるメタンが発生します。たかがゲップと思われるかもしれませんが、世界全体で見るとその影響は大きく、最近では「世界で排出される温室効果ガスの15%は家畜から出ている!?」などとメディアで取り上げられてもいます。

しかし、この「温室効果ガスの15%が家畜から出ている」という、よく引用されるこの文句は少し不正確なところがあります。

このデータの出典は、気候変動問題を協議する国際機関・IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表しているものです。ただし、IPCCは畜産に関係する産業全体からの排出量は全体の約15%と推計しているのであって、家畜のゲップだけで15%を占めているとは言っていません。

ということで、畜産と地球温暖化の関係を考えるためには、よく言われるゲップ以外の要素に目を向けることも必要なようです。では、ゲップ以外に何が温室効果ガスの発生源になっているのでしょうか。

ここで、日本の国立環境研究所が発表している、日本の温室効果ガス排出量に関するレポートを見てみましょう。このレポートは温室効果ガスインベントリ報告書と言われ、20214月に発表された最新版によると、2019年の家畜のゲップ等の消化管内発酵による排出量はCO2換算で7563千トンとされています。一方、農業分野からの排出量でその次に多いのが、家畜の排泄物管理からの排出です。その量、およそ6018千トン。

つまり、家畜の糞尿処理によって発生する温室効果ガス(メタンや亜酸化窒素)の対策も、取り組むべき重要な課題というわけです。

さらに、家畜からの排泄物は硝酸性窒素と呼ばれる窒素を発生させ、これが土壌に吸収されると地下水を汚染する原因にもなります。この汚染された地下水は特に乳児の健康に影響を与える恐れがあるとされています。

温室効果ガスと環境汚染、この2つの意味で課題がある家畜の排泄物の問題。今回は、以下でもう少しこの問題とその対策について考えてみましょう。

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家畜の飼育頭数を30%削減か
オランダが検討の排泄物対策とは

日本も家畜排せつ物法という法律で家畜の排泄物の管理についてはルールを定めており、各国で対策が模索されています。

そんななか、今月、オランダ政府が家畜の排泄物対策として驚きの手法を検討していることが明らかとなりました。

英紙ガーディアンは今月9日、オランダ政府が過剰な窒素排出への対策として、国内の家畜の飼育頭数を30%削減することを目指す案を検討していると報じました。オランダの農業大臣は「あくまで最終手段」と説明していますが、排泄物対策のために家畜頭数を30%も減らすとは、いささか"やりすぎ"と感じるかもしれません。

ただ、もともとオランダでは「窒素危機」(Nitrogen Crisis)と呼ばれるほど、過剰な窒素排出が大きな問題となっています。

オランダは九州ほどの広さの国土ながら、世界第二位の農畜産物輸出額を誇る農業大国で、特に盛んなのは畜産です。2021年現在、牛の飼育頭数(肉用と乳用の合計)は日本とほぼ同じ382万頭、豚に関しては日本の約900万頭を上回る1150万頭が飼育されており、食肉の輸出額はEU最大となっています。

小さな国土でこれだけの家畜がいれば、それだけ家畜から出る排泄物の処理も大きな課題になります。オランダでは以前から過剰な窒素排出の問題が窒素危機と呼ばれるほどに重大で、2019年にはオランダ最高裁が政府による窒素排出対策が不十分であることを指摘するなど、この問題への関心は非常に高い状況にあります。

そうした中で今回、家畜の飼育頭数の大幅な削減という案が登場したのです。もちろん、実際にこの施策が実行されるのかは明らかではありませんが、日本ではまだ馴染みの薄い家畜の排泄物問題について、ここまで真剣な国もあるということです。

牛にトイレを覚えさせる
各国での研究動向

オランダの家畜排泄物問題への姿勢は世界の中でも際立っていますが、他の国でもこの問題への対策を進める動きは活発です。

今月にはドイツの研究者らが家畜の排泄物を効率的に処理するための手法について、論文を発表。そこでは、"しつけ"によって牛に決まった場所で排泄をさせる、いわば「トイレを覚えさせる」ことに成功したことが報告されており、成牛だけでなく仔牛であってもトイレで排泄させることが可能になったとされています。この手法によって排泄物を集中的に管理し、温室効果ガスや土壌汚染などを防ぐことが可能になるかどうか、今後の展開が注目される研究です。

そして、実は日本でも牛の排泄物から発生する温室効果ガスを抑制するための研究が進んでいます。NHKのニュース番組でも紹介された国の研究機関・農研機構の研究では、タンパク質の含量を調整した特別な飼料を肉用牛に与えることで、排泄物から発生する温室効果ガスを抑制することに成功。さらに、この飼料を与えたことによる肉質や成長への影響は見られなかったということで、海外での研究同様に日本での研究動向にも注目です。

2021年916日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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