2021年3月31日

ネオニコチノイドを考える 後編「欧州ネオニコ問題の教訓とは?」

北海道大学大学院農学研究院准教授 小林国之

皆さんは「ネオニコチノイド」という言葉を聞いたことがありまか?ネオニコチノイドとは殺虫剤の成分のこと。この成分を使った農薬は通称「ネオニコチノイド系農薬」と呼ばれ、日本を含め世界各地で広く使用されています。日本で農薬問題というと、除草剤のラウンドアップの問題が有名ですが、いまヨーロッパではネオニコチノイド系農薬の問題が大きな議論を呼んでいます。今回はそんなネオニコチノイド問題について、ヨーロッパのエシカル事情に詳しい小林先生にお話を伺います。

【聞き手:市村 敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】

"ミツバチへの同情"
欧州 環境保護意識の背景は?

ーー前編では、ネオニコチノイド系農薬(以下、ネオニコ系農薬)とは何かということを教えて頂きました。ミツバチをはじめ生態系への影響を懸念して、EUでは科学的に因果関係がはっきりしない段階で「予防原則」によってネオニコ系農薬を規制したとのことでした。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林先生(以下、敬称略):そうですね。「疑わしきは使わず」の原則です。

ーー日本人の感覚からすると、「ミツバチを守るため」ということで規制をするEUの対応の素早さには驚かされます。人間の健康を守るためではなく、昆虫を守るために、私たち日本人はそこまで積極的にはなりにくいように思います。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:このEUと日本の違いが何によるものなのかは気になりますよね。

よく言われるのは、キリスト教社会では、「人間が利用するために神は自然を創った」という考え方があるので、自然に対して支配的な態度をとる。その一方で、日本やインドなどでは、自然と人間を分け隔てなく捉えるということです。

ーーそうですね。日本では「八百万の神がいる」など言われますし。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:ただ、これによると、ミツバチをはじめ生態系への考え方が日本とEUでは本来なら逆になるはずです。なので、こうした宗教的な観念の他にも、教育が果たしている役割にも注目するべきでしょう。

ヨーロッパでは子供の頃から農業や自然についての教育が行われていて、そうした話題についてメディアからも日常的に多くの情報が入ってきます。「自然は大切だ」ということがヨーロッパでは小さい頃から教え込まれてきているんですね。

ーーなるほど。ヨーロッパでの動きを見ていると、自然にある種の「保護される権利」を広く社会で認めているようにも見えます。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:確かに、それはあるかもしれませんね。その点について、ひとつ面白い話をご紹介しましょう。

講談社現代新書から出されている池上俊一著『動物裁判』という新書があります。この本で紹介されているのは、中世のヨーロッパで実際に行われていた、まさに「動物裁判」の様子です。

中世ヨーロッパでは、昆虫が植物を荒らしたりすると、その昆虫を裁判所に呼び出して、昆虫を被告人として村人が裁判を起こすんです。そして、昆虫に村から出て行くようにと退去命令を出しているんですね(笑)。

ーー昆虫に退去命令ですか!?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:本当にそういうことが行われていた史実があるんですよ。

この背景にあるのが、"行きすぎた合理主義"とでも言うべきものでした。中世からルネサンス期にかけて自然に対する理解が進むと、「人間の論理を自然界にも適用することが合理的だ」となり、「昆虫にも人間の論理を適用しましょう」となる。そうすると、悪い者は裁判にかけるということになるわけです。

このように人間の論理を自然にも当てはめ、中世ヨーロッパの人々は自然を支配しようとしたのですが、現在のヨーロッパでの考え方はこれの反動かもしれません。かつては自然を支配しようとしたけれども、やはり生き物には生き物の論理、言い換えれば「生き物の権利」があるから、それを守るというように変わったのかもしれないですね。

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農薬問題を
"フードシステム"から考える

ーーヨーロッパで環境が重視されている背景はよくわかりました。ただ、いくらミツバチに影響があると言っても、科学的な因果関係の立証が不十分な段階でネオニコ系農薬を規制されると、農業への影響が大きく、農家も納得しないのではないでしょうか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:もちろん、EU2013年にネオニコ系農薬が厳しく規制されたときには、農業者側からは反対の声が大きく上がりました。

ネオニコ系農薬を使わなくなることで「経済的にこれだけ損失が出る」とか、「代わりの農薬を使う方が生態系への影響が大きいのでは?」とか、そういった議論が交わされました。

ただ、先ほどもお話したように、ヨーロッパでは農業者への同情よりも、"ミツバチへの同情"の方が集まりやすい。1990年代頃から、ヨーロッパでは農業者が"環境破壊をする人たち"と見なされる傾向が強いんです。

以前、ドイツで農薬会社のバイエルの広報担当の方に話を聞いたことがありますが、「農業は本当に肩身が狭いんだ」と言っていましたね。なので、ネオニコ系農薬に関しても、農家は反論しているんですが、人々の共感を得るのが難しいというのが現状です。

ーー2018年の規制強化後、イギリスではウィルス病の流行で砂糖などの原料となるビートの収量が落ち込んだというお話が前編でありました。このまま規制を続ければ、環境は保護できるかもしれませんが、食料の供給に支障をきたすということはあり得ませんか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:環境保護と食料供給のバランスをどう取るかということですね。

これに関して、ヨーロッパで大前提にあるのは、食にまつわる問題を農場から食卓にいたるトータルのフードシステムのなかで考えるという発想。そして、「環境を汚染しないフードシステムを目指す」ということです。

もちろん、国民を飢えさせないことは重要です。しかし、食品ロスの削減など、農業以外の物流や消費の段階で改善すべきポイントはいくつもあり、そこを改善すれば農業の生産量を維持することは必ずしも求められないわけです。

つまり、食料の生産・供給・消費に関わるすべてのプロセスとして、環境に配慮した持続可能なものを目指しているので、農業における生産量の問題はその一部でしかない。逆に、ネオニコ系農薬を使わず、環境に配慮して農業をすることはヨーロッパの農産物のブランド力向上にもつながります。

生産量が減っても収穫した分を無駄なく利用する。そして、ネオニコ系農薬や遺伝子組み換え技術を使わず、環境に配慮した高品質なヨーロッパブランドを作れば、世界にはその農作物を喜んで買ってくれる人がいる。だから、ネオニコ系農薬を規制する。こういう論理です。

ーーうーん、食品ロスや農産物の輸出戦略にまで視野を広げて農薬の問題を考えるという発想はなかったですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:そう、まさに日本にいま欠けているのが、大きなフードシステムの戦略のなかで食にまつわる問題を考える発想なんです。

日本でも昨年農薬取締法が改正され、農薬開発では蜂への影響もテストすることが求められるようになり、いずれネオニコ系農薬の規制も大きな問題となってきます。そのとき、日本はどのようなフードシステム戦略を描いて、規制を取り入れるのか?問われるのは、間違いなくこの点です。

これは農薬だけでなくて、遺伝子組み替えやアニマル・ウェルフェアでも同じですが、全体の戦略なしに規制を導入しても、規制は形骸化してしまいます。ヨーロッパでのネオニコ系農薬の問題は、農業・食料・国土保全のあり方をどう考えるのか?という問いを日本にも投げかけているのではないでしょうか。

ーー今後の日本の規制を見る上でも大いに参考になるご解説でした。ありがとうございます。次回もまた、理解が難しい問題について教えて下さい。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:中学生にわかるようにね(笑)。お手柔らかにどうぞ。

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プロフィール
小林国之(こばやし・くにゆき)
1975年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了の後、イギリス留学。助教を経て、2016年から現職。主な研究内容は、農村振興に関する社会経済的研究として、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社、2005、『北海道から農協改革を問う』筑波書房、2017などがある。
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