2020年5月12日

エシカル消費の本場は、コロナ禍の危機をいかに乗り切るのか?(Ethical Food News Picks 2020/04/24-2020/05/02)

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか? 一橋大学在学中で「佳い食」のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。初回のテーマは「エシカル消費の本場は、コロナ禍の危機をいかに乗り切るか?」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

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イギリス流、食の危機への対抗策

日本が大型連休の只中にあった5日、イギリス国内の新型コロナウィルス感染による死者数が、イタリアを抜いて欧州最多となったことが報じられました(この日までの死者数は2万9427人)。この深刻な感染拡大を受けて、イギリスでは3月20日に全てのレストランやバーなど飲食店の無期限閉鎖が発表され、いまなお再開の目処は立っていません。

世界の多くの国と同様、イギリスにおいても新型コロナウィルスは食の現場に大きなダメージを与えていますが、この食の危機に対してイギリスは、実に「イギリスらしい」対策の数々を打ち出しています。イギリスといえば、エシカル情報誌「Ethical Consumer」の祖国であり、世界のエシカル消費の最先端をいく国。このコロナ禍にあって、エシカル消費の本場イギリスがいかに食の危機を乗り切ろうとしているか、今回は特に食肉の動向に注目して最新のニュースをいくつかお伝えします。

英大手スーパーのマークス&スペンサーズ 牛肉のステーキ部位消費促進のための特別ボックス販売開始

https://www.farminguk.com/news/m-s-launches-campaign-to-encourage-support-for-british-farmers_55521.html#.XqeD025cPRk (2020年4月27日 Farming UKより)

英国のエシカルなステーキ肉プロモーション

長引く国内の外食産業の閉鎖を受けて、平時であれば業務用として高値で取引される牛肉のステーキ向けなどの高級部位が行き場を失っていることが、イギリスではいま大きな問題となっています。

サーロインをはじめ、ステーキ向けの牛肉の高級部位は畜産農家の重要な収益源となりますが、外食産業の需要がない現状では、スーパーマーケットの一般消費者向けの安価なミンチ肉ばかりが売れ、畜産農家の収入は少なくなる一方。事実、通常は枝肉の40%程度がミンチ肉となるところ、ロックダウン以降はこの比率が70%近くまで上がってきており、枝肉の価格は300ポンド(日本円にして約4万円)ほど下落しています。

こうした状況を受け、大手スーパーマーケットのマークス&スペンサーズは、英国産牛肉の高級部位の消費を促進するため、100%英国産の牛肉料理が詰め合わせになった特別ボックスの販売を開始しました。内容は、アンガス牛のハンバーガーやランプステーキ、キャセロール(煮込み料理)など、バラエティーにとんだラインナップです。

また、このニュースが発表された後には、同じく大手スーパーマーケットのウェイトローズ(Waitrose)、モリソンズ(Morrisons)も、ステーキ部位のプロモーションキャンペーンを開始したと発表されました。

ウェイトローズ 過去最大級のステーキプロモーション

https://www.farminguk.com/news/waitrose-launches-biggest-ever-steak-promotional-push_55541.html#.Xqoel4VKZ_M (2020年4月29日 Farming UKより)

モリソンズ 農家支援のためステーキ肉を半額で販売

https://www.farminguk.com/news/coronavirus-morrisons-sells-steaks-for-half-price-to-help-farmers_55553.html#.Xq01fd5TIiY (2020年5月1日 Farming UKより)

いずれのスーパーマーケットチェーンも、農家の収入減少に歯止めをかけるという明確なメッセージを打ち出しています。生産者の収入を消費者全体で支えようという、実にイギリスらしいエシカルな思想がこうした一連の取り組みから見えてきます。牛肉の生産者団体も高級部位の家庭での消費促進のため、家庭では馴染みの薄い各部位の調理法などをSNSで拡散する取り組みを行なうなど、外食産業の再開の目処が立たない中でも、各セクターが牛肉の消費促進のため積極的に対策を打ち出しています。

プルドポークで豚肉消費を支援

牛肉と同じく、部位ごとに売れ行きに大きなかげりが出ているのが豚肉です。

豚肩肉の塊肉の多くは業務用として取引され、家庭で調理するには手間もかかり、牛肉の高級部位と同様にスーパーマーケットで一般消費者に大量に販売するには不向きなものです。外食産業がいつ再開になるかも分からない現状では、余剰な豚肩肉は冷蔵もしくは冷凍保存しておくしかないですが、それもいつかは倉庫がパンクしてしまう。そこで、イギリスの豚肉生産者団体は、家庭での豚肩肉消費を促進するために一風変わったキャンペーンを開始しました。

イギリスで「プルドポーク」キャンペーンがスタート

https://www.farminguk.com/news/farmers-welcome-pulled-pork-campaign-to-help-rebalance-carcase_55505.html#.XqOZ0NZtVrA (2020年4月24日 Farming UKより)

プルドポークとは、柔らかく煮込んだ豚肉をほぐしてBBQソースで味付けしたアメリカ発祥の家庭料理で、日本でもアメリカンダイナーやハンバーガー店で食べることができます。このプルドポークを家庭で作るためのレシピや調理の様子の動画などをSNSで拡散するキャンペーンを豚肉の生産者団体が中心となって開始したのです。このキャンペーンでは、 #PerfectPulledPork というハッシュタグをつけてフェイスブックやインスタグラムなどでレシピを拡散しています。興味のある人はSNSでこのハッシュタグを検索し、自家製プルドポークに挑戦してみてください。

ここではイギリスの食肉の動向に注目して、最新のニュースをいくつかお伝えしましたが、こうした高級な牛肉部位が在庫過多となっている状況は、実は日本でも起きています。

「和牛券」はなぜ提起されたのか コロナ以前から在庫がダブついていた業界の裏事情

https://blogos.com/article/454813/ (2020年5月2日 BROGOSより)

空前の牛肉余りとも言われる日本ですが、これを機にエシカルの本場イギリスの消費者全体で食の生産を支えようというエシカルな気概を学ぶべきなのかもしれません。

2020年5月8日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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