2022年9月20日

トレーとトングはもう古い?「ケーキ屋方式」のパン屋さんの可能性!

食品ロス問題ジャーナリスト 井出留美

食品ロスの問題は「どう無駄なく再利用するか」というリユース・リサイクルの話題が注目されがちです。しかし、食品ロス問題ジャーナリスト・井出留美さんは、最も重要なことはリデュース、つまり余剰な食品をそもそも出さずに食品ロスを減らすことにあると言います。では、リユースやリサイクルではない、食品ロス対策とは一体なんなのでしょうか。今回は「パン屋での食品ロス対策」をテーマに取り組みの最前線を教えていただきます!

トレー式とケーキ屋式
パン屋さんのスタイルの違い

焼きたてパン屋というと、トレーとトングでパンを取るイメージですね。

でも、実は、この方式では、トレーにのせられる分量しかパンを買うことができません。関係者によれば、この方法での平均的な客単価は3桁(100999円)以下だそうです。

2020年に神戸オープンしたパン屋・Side field Bread(サイドフィールドブレッド)は、トレー方式ではなくケーキ屋方式」を採用しました。お客さんはショーケースを見て、欲しいパンの番号を紙に書きこみ、投入口からお店の人へ渡します。そして、お店の人は紙に書かれた注文内容を見ながら袋に詰めていき、準備ができたらお客さんを呼び出す・・・といった具合です。

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Side Field Breadの店頭(撮影:大田美月氏)

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オーダー表。店の正面向かって右手に設置されている(撮影:大田美月氏)

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パンの棚の右手にオーダーポストがあり、お客はここにオーダー表を投函する(撮影:大田美月氏)

実際にお店で平均の客単価を聞いてみると、4桁(1,000円以上)とのことほとんどのお客さん1,000円を超える買い物をしており、3,000円から4,000円程度の支払いになるお客さんもたくさん。車で来る人も多いことも、買う量が多くなる理由とのことで、自分の分だけではなく、友人や知人に配る人も多いのだとか。トレーにのせるやり方ではないため、いくらでも好きなだけ注文することができます。

ケーキ屋方式のパン屋さん
豊富なメリットの数々

ところで、Side field Breadはお客さんにたくさんパンを買わせよういう狙いで、このケーキ屋方式にしたわけではありません。

このお店の設計を依頼された設計事務所アトリエ・フィッシュの山下誠一郎さんによるとなんとこのお店の設計アイデア私の書いた記事を見て思いついたとのこと!その記事とは2020年6月29日に書いたもので、次のような内容でした。

コロナ禍で、近所のデパ地下のトレー・トングスタイルのパン屋が、すべてのパンを、1個ずつ、プラスチックの袋に入れるようになった。でも、こうすると、食品衛生面では安心かもしれないが、プラごみが増えてしまう。だったら、イタリアのパン屋さんみたいに、ショーケースに入れておいて、お店の人にとってもらう方式の方が、衛生面でも、プラごみ削減の面でも、よいのではないか。

山下誠一郎さんは、これまでもいくつかのパン屋を設計してこられました。コロナ禍の影響で、どのパン屋さんも、パンをむき出しの形ではなく、プラスチックの袋に11個入れざるを得なくなりました。そうすると、焼きたてのパンでは袋の中でパンが湿気ってしまいます。かといって、袋に入れなければ飛沫感染が気になります。そんな悩みを聞いた山下さん、ケーキ屋スタイルのパン屋を設計したので

この方式にすることで、平均客単価が上がり、衛生面でも安心になりますが、実は他にもメリットがあります。

Side field Breadに来るお客さんを見ていると、シルバーカー(高齢者用の手押し車)を両手で押す高齢者の方や、ベビーカーを押す母親などが多いのです。彼らは、両手がふさがっていますから、ドアがあるパン屋さんだと入りづらい。しかも、トレーとトングを持ってパンを取ることはできません。でも、ケーキ屋スタイルなら、何の心配もいりません。

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Side Field Breadの店頭(筆者撮影)

また、Side field Breadでは、ショーケースが道路に面しており扉で遮られていないため、通りすがりの人も、道を歩きながらパンを見て選ぶことができます。

山下さんによると、以前、お店の閉店間際に店頭を眺めていたところ、小学校低学年ぐらいの子どもが駄菓子屋に立ち寄るような雰囲気でフラッとやってきて、パンを1個だけ買って帰る姿を見たそうです。わざわざ店の中に入って、トレーでパンを取らなくてはいけない普通のパン屋さんでは、あまり見られない光景かもしれません

Side field Breadを経営するのは横畠(よこはた)さん夫妻ですオーナーである夫がパンを焼き、妻がパンを売る担当。オーナーは、かつて大手パン屋さんで働いていて、その時には売上の24%は食品ロスが出ていたそうです。でも、独立してこのお店をはじめてからは、ほとんどロスがありません。

種類を絞ってロスを減らすパン屋さんもありますが、ここでは70種類から80種類のパンを焼いています。ただし、1種類について焼く個数は10ほど。売れ筋の商品でも20個ぐらいにおさめて、売り切りごめんにしています。そして、ケーキ屋方式の販売スタイルにすることで、一度に売れるパンの量を増やし「売れ残り=食品ロス」が発生することを防いでいます。仮に余ったとしても、ラスクなどの他の商品にリサイクルすることで売り切っています。

パン屋といえば「トレーとトング」というイメージを持つかもしれませんが、ケーキ屋方式のパン屋さんにも食品ロスを減らし、売上も上向かせるたくさんのメリットがあります。

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プロフィール
井出留美(いで・るみ)
食品ロス問題ジャーナリスト。2016年の国会議員向け講演会をきっかけに食品ロス削減推進法の成立に貢献。『賞味期限のウソ』(5刷)ほか著書多数。第二回食生活ジャーナリスト大賞(食文化部門)/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。
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