2021年7月19日

規制強まるフォワグラ問題 細胞培養で解決なるか?

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「規制強まるフォワグラ問題 細胞培養で解決なるか?」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

英米でフォアグラの流通規制
背後にアニマル・ウェルフェア

フランス料理の伝統食材であるフォワグラの売買が、アメリカを中心に規制されていることをご存知でしょうか。

201910月、米国ニューヨーク市議会が市内の飲食店や食料品店でフォワグラの提供を2022年から禁止する条例を可決したことが大きなニュースとなりました。米国では、カリフォルニア州も州内の飲食店などでのフォワグラの提供を禁止する州法を施行しています

カリフォルニア州の場合は州内の飲食店関係者や生産者団体などが、過剰にビジネスが制限されるとしてこの州法に強く反発。フォワグラの提供について一体どこまで規制されるのか、裁判所で争われる事態にまでなりました。

その結果、連邦地裁は20207月、他の州で購入または取引され、州内に持ち込まれたフォワグラを食べることは問題ないと判示。よって、カリフォルニアの人々がフォワグラを食べられる可能性は残されたことになりますが、代金のやりとりを伴うフォワグラの提供はやはり禁止ということになりました。

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このフォワグラ規制の背景にあるのが、動物福祉(アニマル・ウェルフェア)への懸念です。

フォワグラとは、鴨やガチョウの脂肪で肥大化したレバー(肝臓)のことですが、その生産現場では、鴨やガチョウの喉に直接チューブを挿し込み、餌を与える「強制給餌」とも言われる方法(通称ガヴァージュ)が使われることが多いとされています。

欧米ではこうした飼育方法が虐待的として批判されており、米国だけでなく、イギリスもフォワグラの輸入を禁止する規制立法を進めています。

こうしたフォワグラ規制の世界的な潮流に反発しているのがフォワグラの生産者、特にフォワグラの本場フランスの生産者たちです。

フランスは世界のフォワグラ生産量の70%以上を生産する一大産地。英紙ガーディアンによると、フランスのあるフォワグラ生産者は給餌方法の「ガヴァージュ」について、間違ったイメージが世界に広がっていると主張しています。

この生産者は、鴨やガチョウの喉は人間のそれとは異なり、エサを蓄えておくスペースがあり、また給餌も一日に2回程度、鳥の消化サイクルにあわせて行っていると説明。一部の農場で行われている虐待的な飼育方法がイメージとして広がっているが、これは「例外的だ」と主張します。

確かに、フォワグラ生産の実態を一括りにして規制することは不適切かもしれません。しかし、現実にフォワグラの規制が各地で広がるなか、もうフォワグラを食べることは難しくなるのでしょうか?

そんな懸念に対して、ひとつの解決策を示そうとしているのが、細胞培養食品の業界です。実は、いま日本のメーカーも含め、細胞培養でフォワグラを作る動きが加速しています。

"禁忌食"を細胞培養で代替
培養フォワグラの可能性

フランスの培養肉メーカー・Gourmey社が開発に取り組んでいるのが、有精卵の細胞を培養することで生産する「培養フォワグラ」です。一般的に培養肉は筋肉の繊維の食感を再現することなどが課題とされていますが、滑らかな食感が特徴のフォワグラでは繊維質の再現が不要なことから、フォワグラは"培養向き"な食材とされています。

また、一般に培養肉では生産コストが高くなりますが、フォワグラはもともと高級食材であるため培養フォワグラが価格的に対抗しやすいことも培養フォワグラが注目される所以です。

下記のGourmey社の培養フォワグラの試食動画では「本物のフォアグラと寸分も違わない」とのコメントもあり、動画を見る限りではテクスチャーも本物そっくりです。

Gourmey社は今月、フランスの政府系投資銀行などから資金調達を実施。早ければ2022年中にも最初の商品販売開始を目指すとしています

この培養フォワグラ、実は日本の培養肉メーカー・インテグリカルチャーも現在開発を進めています。同社は今年中に培養フォワグラのレストランでのテスト販売、2023年には一般販売を開始することを目標としており、日本発の培養フォワグラの動向にも注目です。

このように細胞培養技術は取引の規制が厳しくなるフォワグラを代替できる注目の技術ですが、今後、取引そのものが規制される食品はフォワグラ以外にも広がる可能性があります。

米国との取引規制の可能性がある食品の一つが、フカヒレです。サメの尾を原材料とするフカヒレは、サメの尾だけ切り取り、残りの胴体を海に捨てる一部の漁法が問題視されており、米国では既にこうした漁法の実施が禁止されています。

米上院は今年6月、フカヒレの国内流通そのものを禁止する法案を可決。この法案はこの後、下院で審議されますが、州レベルでは既にフカヒレの流通を禁止している州が複数あり、下院での審議の結果が注目されます。

いわば"禁忌食"とも言える食品が今後増えることになれば、これまで主に培養肉の生産で注目されていた細胞培養技術への期待も多様化するかもしれません。なかでも、まずは開発が進むフォワグラがどの程度、一般に向けて浸透するのか。今後の動きに注目です。

2021年7月16日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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