2021年6月23日

米国で遺伝子組換えサーモンの流通がスタート 生態系と消費者の権利は守られるのか

「週刊エシカルフードニュース」担当 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「米国で遺伝子組換えサーモンの流通がスタート 生態系と消費者の権利は守られるのか」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

トウモロコシ、大豆だけじゃない
広がる遺伝子組換え技術

遺伝子組換え技術はトウモロコシや大豆などに広く利用されていることが知られています。一方でこの技術、実は動物の品種改良に利用する試みもあることはご存知でしょうか。

農林水産省のホームページでの説明によると、遺伝子組換えとは、ある生物から遺伝子を取り出し、改良しようとする生物の細胞のなかに人為的に組み込むことで新しい性質を加えること。

すなわち、従来の品種改良手法では生み出すことができない性質を農作物などに与え、これによって「成長速度が速い」、あるいは「農薬に耐性を持つ」等、特徴が生まれるというわけです。

遺伝子組換え技術にはこうした利点と思われる部分もある一方、懸念点が多いこともよく知られています。なかでも、遺伝子組換えされた生物が野生に流出することで生態系に影響を与える可能性についての懸念は深刻です。

これまでトウモロコシや大豆、ナタネなどの農作物に利用されてきた遺伝子組換え技術ですが、この技術を動物にも応用する試みが一部ではあります。そして、このほどアメリカでは遺伝子組換えされたサーモンがいよいよ食卓に向けて出荷され始めました。

いよいよスタート
遺伝子組換えサーモンが食卓へ

米国で5月末から出荷が始まったのは、遺伝子組換えされたアトランティックサーモンです。

今回、遺伝子組換えアトランティックサーモンを開発したのは、バイオテクノロジー企業のAquaBounty Technologies(アクアバウンティ・テクノロジーズ)社。同社では、キングサーモン由来の成長ホルモン遺伝子を、アトランティックサーモンに組み込んだ遺伝子組換えサーモン「AquAdvantage Salmon」(アクアドバンテージ・サーモン)を生産しています。

遺伝子組換えの結果、このサーモンは野生のサーモンに比べて成長速度が2倍速く、必要な飼料の量は一般的な養殖アトランティックサーモンに比べて少なくなるとされています。

この遺伝子組換えサーモンは、インディアナ州にある同社の養殖場で生産され、米国初の遺伝子組換え動物性食品として5月末から出荷がスタート。AP通信によると、現在のところ、このアクアドバンテージ・サーモンの販売を公表しているのは、フィラデルフィア州の販売業社のみとのことです。

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もともと、このアクアドバンテージ・サーモンは、2015年に米・食品医薬品局(FDA)が国内での流通を認可していました。ただし、この際は米国外のパナマとカナダにある養殖場でのみ生産するという条件付きで、米国の生態系への影響を考慮したものではありませんでした。

その後、FDA20184月にインディアナ州アルバニーの養殖場での生産を認可。ついに、食用の遺伝子組換えサーモンが米国内で生産されることになりました。

アクアバウンティ・テクノロジーズ社は当初、アクアドバンテージ・サーモンを2020年中に販売することを予定していましたが、コロナ禍にともなうアトランティックサーモンの米国内での需要減少を受けて計画を変更。半年ほど遅れて流通が開始されました。

同社のシルビア・ウルフCEOはコロナ禍によって不安定となった食料の輸入事情を念頭に、安定的に国内でアトランティックサーモンを生産できることの意義を強調しています。しかし、この遺伝子組換えサーモンの生産と販売には米国内から懸念の声が大きく上がっています。

遺伝子組換え動物は普及するのか
生態系と消費者の保護という課題

何より懸念されているのが、生態系への影響です。

もし、遺伝子組換えされたアクアドバンテージ・サーモンの個体やその卵などが養殖場の外に何らかの形で流出した場合、米国の野生のサーモンへの影響が大きいと考えられているためです。

こうした懸念に基づき、米・食品サービス大手のアラマーク社は、野生サーモンへの影響と、野生サーモンを漁獲している先住民コミュニティへの影響を考慮し、遺伝子組換えサーモンは使用しない方針を今年1月に発表しました

また、漁業者の代表たちのグループは、インディアナ州の養殖での生産を認可した2018年のFDAの決定が環境への影響を十分に評価していないとして、この決定の取り消しを求める訴訟を連邦地裁に提起

カリフォルニア州北部連邦地裁は昨年11月、原告らが求めた決定の取り消しは認めなかったものの、FDAの評価に不十分な点があったことは認め、今後の遺伝子組換え動物の認可ではより一層厳しい環境影響評価が求められることとなりました。

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生態系への影響に加えて、消費者への情報提供のあり方も課題とされています。

米・農務省は2018年に遺伝子工学による改変が加えられた食品の表示に関する基準を設定。FDAによると、アクアドバンテージ・サーモンも販売にあたっては、この義務表示基準に従って表示がなされるため、消費者が遺伝子組換えサーモンかどうかを判別することは可能であると説明します。

しかし、AP通信は、この規制がレストランの提供時などでも遵守されるかは不透明で、消費者の"知る権利"の保護については課題が残っていると指摘しています

生態系への影響と消費者への情報提供について、課題も大きい遺伝子組換え動物ですが、米当局のFDAはサーモンに続いて、豚についても遺伝子を組換えた個体の食用および医療用としての提供を昨年12月に認可。この豚はGalSafeと呼ばれ、アレルギーの原因物質となるアルファガルという豚の体内に含まれる糖を排除するように遺伝子組換えが行われています。

もっとも、この豚を生産する企業は、主に医薬品開発目的としてGalSafeを使用する旨を公表しており、食品としての情報提供への懸念はサーモンの場合と事情が異なるかもしれません。

しかし、生態系への影響などは強く懸念されており、今後こうした遺伝子組換え動物の食用認可が次々に決定される可能性もあります。米国以外の動向を見ると、EUでは2013年に食品安全当局のEFSAが遺伝子組換え動物の環境評価に関する指針を発表しています

現在のところ、EU域内で遺伝子組換え動物由来の食品の流通が開始される見込みは立っていませんが、EFSAはホームページで、今後様々な動物種で遺伝子組換えの申請が行われる可能性があることに言及しています。

遺伝子組換え動物の各国での利用状況について、これからも注意深く観察し続ける必要がありそうです。

2021年617日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
一橋大学法学部在学中。生まれながらの食いしん坊で、佳い食あふれる世の中に寄与するための行政的アプローチに関心を持つ。大学在学中はこれまで農業系学生団体に所属し、主に農業現場の課題のリサーチを行なってきた。食べることをこよなく愛し、一日3食の充実に執念を燃やす。
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