2021年3月29日

昆布の旅は、長昆布の歯舞へ「昆布のテロワールを訪ねて」③

料理研究家 松田真枝

昆布は採れる海によって種類が違い、たとえ同じ種類であっても100メートル浜が違うだけで味わいが変わります。羅臼昆布の産地を訪ねて実感した、そんな昆布のテロワール。続いて昆布を巡る旅は、知床半島から根室半島へ。昆布大使・松田真枝さんの案内で、長昆布が採れる北海道根室市の歯舞漁協を訪ねました。

【昆布のテロワールを訪ねて】
解説・松田真枝(昆布大使)
撮影・柿本礼子 編集・神吉佳奈子

歯舞の長昆布は
食べる昆布

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おでんやおせちに入っている結び昆布が長昆布

そうだった。出汁をとる昆布ばかりが昆布じゃなかった。北海道の最東端エリア、根室半島の歯舞地区で採れる長昆布は、おせちの昆布巻きやおでんの結び昆布でおなじみの‶食べる昆布″。土地が違えば、種類も味わいも、そして使い方も違う、北海道の昆布のことを、松田さんに教えてもらおう。

長昆布の別名「早煮昆布」

長昆布はその名の通り、長さ6~15メートルと、世界の昆布属の中で最も長くなる種類です。スーパーでは「棹前(さおまえ)昆布」や「早煮昆布」という名称で売られ、細長い帯状で白っぽいのが特徴。繊維質が少なく、柔らかいので早く煮えあがりますが、薄いので出汁には不向き。おでんや煮しめ、佃煮などに使われる煮炊き用として、生産量が最も多い昆布です。(松田真枝さん)

北方領土の歯舞群島で
昆布漁ははじまる

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根室半島の先端にある納沙布岬。北方領土がすぐ目の前、貝殻島はわずか3.7キロ先。

北海道の昆布漁は、通常7月から9月までを解禁日としているが、例外がある。それが6月に採る‶棹前″だ。棹とは昆布を巻き上げる道具のこと。その棹を入れる前の時期に漁をするから‶棹前昆布″と呼ばれている。

早い時期に採る若い昆布なので身は薄く、柔らかい。お正月の昆布巻きは棹前昆布でないとだめだという人もいるくらい、煮るととろりととろけるような滑らかな食感になるのが特徴。

歯舞漁協では、毎年6月になると、貝殻島で昆布漁がはじまる。「朝6時、昆布漁の開始を知らせるサイレンが鳴り響くと、240隻ほどの船が一斉に納沙布岬から貝殻島へ向かって出発します。操業時間は10時まで。その光景はレースのようです」。そう教えてくれたのは、歯舞漁協の照井謙吾さんだ。

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歯舞漁協の昆布船は、北方領土の海域で漁をするので、遠目にもわかるよう赤いライン入り

貝殻島の棹前昆布

貝殻島は、北方領土の一つ、歯舞群島に位置します。周辺は海水の流れが強く、透明度が高いので、昔から質のよい昆布が採れる好漁場でした。戦後、納沙布岬と貝殻島間に「マッカーサーライン」が引かれてしまいます。何年にもわたる交渉の末、昭和38年に締結された民間協定によって、例外的に操業が認められるようになりました。6月に貝殻島で採れる昆布は、とりわけ柔らかく、高値で取引されています。ロシアに入漁料を払ってでも採りに行く価値のある、希少な昆布なのです。(松田真枝さん)

長昆布は、
ほんとに長かった!

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棹を持っているのが、歯舞昆布漁業部会の柿本康弘さん

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L字型のカギになっている棹先で、昆布をひっかけて船に引き上げる

私たちが訪ねたのは、棹前昆布漁が終わった7月。歯舞昆布漁業部会、部会長の柿本康弘さんの案内のもと、長昆布の漁場へ向かった。長昆布の漁場は水深3~5メートルのところで、ゆらゆらと流れながら育つ。昆布漁に使う棹は、先がL字型のカギ棹。10メートルにもなる棹で昆布をすくいあげるのだ。

長い棹を持ち上げるだけでもなんと重労働なことか。海中に広がる昆布を棹先のカギでひっかけるようにしてすくいあげるというのだから、熟練した漁師の業なくては、昆布漁ははじまらない。電動モーターなどは一切使わず、漁師の勘所を頼りに、1本の棹で採れる量だけ採る。歯舞の昆布漁もまた、海の資源にやさしいサスティナブルな漁だった。

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世界のコンブ属中、最も長い昆布とあって、ひっぱってもひっぱっても昆布が続く

ひっかけた昆布をつかみ、手繰り寄せながら海中の岩場に張り付いている昆布の根を引っこ抜くのだが、柿本さんの手繰る手が止まらない。長さは10メートルを超え、長いもので20メートルもあるという。そうして海から引き上げたばかりの昆布は艶々と輝いていた。スーパーの棚に並ぶ昆布からは想像もできない、威風堂々たる姿に再び圧倒される。

天然昆布だから
根っこがある

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昆布は海底の石に根を張り、海面に広がりゆらゆらと伸びて成長する

柿本さんが手繰り終えた昆布の先には、まるで畑から引き抜いたばかりの野菜のような根っこがついていた。流氷に引きずられそうになっても、暴風雨で海が荒れる日も、昆布は負けずに岩にへばりついていたのだ。その迫力のある根っこを目の当たりにして、これが私たちの食の原点。昆布は海の生きものなんだと、あらためて実感することができた。

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柿本さんのご自宅に飾ってあった大漁記念の写真。平成19年、3.7トンの昆布を船いっぱいに積んで帰港したときのシーン。

「身が薄くて柔らかいから、長昆布は水揚げしてからすぐに干さないとくっついてしまうんです」と柿本さん。漁を終えて浜に戻ってきた漁師は休むまもなく、干場に昆布を1枚ずつ広げて天日に干す仕事が続くという。昆布漁師はなんて働きものなんだ!→ 続きは後半へ

歯舞漁業協同組合

北海道根室市歯舞4-120
0153-28-2121
https://www.jf-habomai.jp/

オンラインショップで取り寄せ可。貝殻島周辺海域で採った歯舞早煮昆布480円(80g入)、料理に使いやすい歯舞細切り昆布459(100g)、猫足昆布を削った歯舞とろろ昆布243(40g)。すべて税込み。

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プロフィール
松田真枝(まつだ・まさえ)
北海道生まれ、北海道在住。料理研究家。札幌で北海道の食材を使ったイタリア料理教室「クチナイト」を主宰。2016年日本昆布協会昆布大使に任命されたことを機に、昆布の産地を巡り、さらに富山、大阪、沖縄など、北海道から昆布が運ばれた「昆布ロード」の中継地点を訪ね、各地の食文化と結びついた昆布食の聞き書きを続けている。
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