2021年4月 3日

歯舞の昆布漁師の美しい手仕事「昆布のテロワールを訪ねて」④

料理研究家 松田真枝

歯舞(はぼまい)で採れる長昆布は食べる昆布。またの名を早煮昆布、野菜昆布と呼ばれています。薄く柔らかいため、水揚げするや乾かないうちにまっすぐに伸ばして、美しく仕上げる加工作業が必要。それも昆布漁師の仕事というのです。朝6時からの漁が終わるや、休む間もなく、次の仕事にとりかかる、昆布漁師・柿本康弘さんの仕事場へお邪魔しました。

【昆布のテロワールを訪ねて】
解説・松田真枝(昆布大使)
撮影・柿本礼子 編集・神吉佳奈子

昆布仕事は
チームワーク

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歯舞昆布漁業部会の部会長の柿本康弘さんご夫婦

柿本さんのご自宅の周りにはびっしりと砕石が敷き詰められていた。「干場(かんば)といって、水揚げしたばかりの昆布を干す場所です。15メートルにもなる長い昆布ですから、こんがらないように、重ならないようその日のうちに広げないといけないんです」と柿本さん。

干場では、陸の作業を担う柿本さんの奥さんが帰りを待ち構えているという。「漁の時期は忙しいからピリピリするよー、ふたりとも」、「かみさん、怒らせないようにしないとな」と、顔を見合わせてわははと笑うお二人。まさに夫唱婦随の手仕事で仕上げるのが、歯舞の昆布漁なのだ。

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柿本さんの家の前の干場。石が敷き詰められている

「昆布の質は干場で決まる」

浜に広げて昆布を干すシーンは、北海道のあちこちとで見られる夏の風物詩。歯舞では、砂やゴミがつかないよう、そして傷つかないようにと、角が尖ってない砕石を敷き詰めた干場で干します。まっすぐ美しく仕上げるには、昆布が重ならないよう、よじれないように広げるなど、干場での丹念な手仕事が肝となります。(松田真枝さん)

水揚げしてから、
つきっきりの10日間

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乾燥器の中では、40℃60℃位の熱風で、除湿をしながら乾燥させていく

長昆布の作業工程は、水揚げから漁協への出荷まで早くて10日ほど。天日干しをした後、棒にかけて乾燥機で乾燥させる。バリバリに乾いたら今度は真水を噴霧。シワを伸ばしながら巻き上げてから、さらに天日で仕上げ、長さを揃えてカット。そこから等級に合わせて選葉して箱に入れる。

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一枚ずつ手で伸ばし、乾燥器の中で昆布が重ならないように棒にかけていく

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105㎝ぴったりに切り揃える道具。どんなふうに昆布を整えて切るのか見せていただく。最盛期は昆布が枠の中にぎっしり

昆布の格付けは、
紐の色と結び方でわかる

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歯舞漁協の倉庫に積み上げられ、等級別に分別された長昆布

昆布の等級は、長さ、幅、重さ、厚さ、色、形、傷、白い粉の多さなど多くの項目から決められる。取引が公正に行われるように、また品質を向上、安定させるために作られた決まりだ。10段階以上ある等級へ分別されてから、ようやく出荷となる。

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昆布にかける紐の色や結び方を見れば、一目で等級がわかるようになっている

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緑の紐は一等昆布の印。きちっと整列してあり、どこか昆布漁師の美意識を感じる

北前船が運んだ
昆布を食べる食文化

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指をからめて、次々と結び目をつくっていく

「ほら、こうやって指にからげて結ぶと簡単だよ」と柿本さん。戻した長昆布をくるんと結ぶ手もとを見せてくれた。おでんや煮しめでおなじみの結び昆布。切ってから結ぶよりも、一気に結び目を作るほうが簡単。やわらかく長い竿前昆布だからできる産地の知恵だ。

古代から宮廷で珍重されていた昆布は、江戸時代に入ると北前船で各地へ運ばれる。このとき「越中(富山)の薬売り」が薩摩藩へ昆布を運び、琉球を通じて中国へ伸びた昆布貿易をつなぐ役割を果たしていたと言われている。

昆布の消費量が多いことで知られる沖縄では、刻み昆布を炒めたクーブイリチーや、昆布を野菜や豚肉と煮て食べる習慣が定着。ほかにも、富山の身欠きニシンの昆布巻き、大阪の佃煮、鹿児島のおでんなど、昆布を運んだ「昆布ロード」では、郷土の味として今もなお長昆布が食べ継がれている。

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富山県黒部市で「四十物こんぶ」を営む四十物直之さん。先祖が北海道への開拓民として利尻島に出稼ぎに出ていた。

道東と富山と昆布の深い関係

北海道開拓が進んでいた明治20年頃、富山の漁民たちが北海道へ移住や北洋漁業に出稼ぎに出るようになりました。越中衆と呼ばれ、働き者で粘り強い県民性が地元の信頼を得て、だんだん住みつくようになります。彼らが帰郷するたびに持ち帰った昆布は、今では昆布巻などの郷土料理になり、富山は全国でも有数の昆布消費地となっています。道東の昆布漁の歴史は富山県と深く結びついているのです。(松田真枝さん)

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海苔巻きではなく、昆布で巻く『根室さんまロール鮨』

一方、地元の根室では、結び昆布を甘辛く煮た昔ながらのおかずが一般的。食べる昆布の新しい食べ方を広めようと、2006年にご当地グルメとして開発されたのが『根室さんまロール寿司』だ。根室産のサンマを竿前昆布で巻いた寿司には、北海道産の米「ななつぼし」を、醤油は「はぼまい昆布しょうゆ」を使うなどのルールが定められ、地域おこしに一役かっている。

昆布は海で育つ
生きものだった

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イタリアンにだって使える。昆布にトマトの味がしみて、旨味の相乗効果に!

身が柔らかく、早く煮あがる長昆布は、じつに便利な食材。乾物だから腐らないし、水に浸けるだけでサッと戻してすぐに使える。和食だけでなく、イタリアンだっていけるのだ。

竿前昆布とトマトのスパゲッティ

竿前昆布はスパゲッティの具材になります。水に戻して食べやすい大きさにカット。フライパンにニンニクと唐辛子を熱して、ざく切りにしたトマトを加熱したら、茹でたスパゲティと戻した竿前昆布を合わせ、ゆで汁を少し加えて仕上げます。一口大の昆布は食べ応え十分です。(松田真枝さん)

昆布はおてんとさまからの賜物。自然とともに生き抜いてきた人々の歴史が息づいていた。たしかに昆布は海で育つ生きものだった。それにしても昆布漁師のみなさん、かっこよかったなあ。船上でのハードな肉体労働の続きに、美しい手仕事があるなんて思いもしなかった。エシカルはおいしくて、美しい。旅を終えてから、台所で昆布漁師の心意気をときどき思い出している。

歯舞漁業協同組合
北海道根室市歯舞4-120
電話0153-28-2121
https://www.jf-habomai.jp/
オンラインショップで取り寄せ可。貝殻島周辺海域で採った歯舞早煮昆布480円(80g入)、料理に使いやすい歯舞細切り昆布459円(100g入)、猫足昆布を削った歯舞とろろ昆布243円(40g入)。すべて税込み。

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プロフィール
松田真枝(まつだ・まさえ)
北海道生まれ、北海道在住。料理研究家。札幌で北海道の食材を使ったイタリア料理教室「クチナイト」を主宰。2016年日本昆布協会昆布大使に任命されたことを機に、昆布の産地を巡り、さらに富山、大阪、沖縄など、北海道から昆布が運ばれた「昆布ロード」の中継地点を訪ね、各地の食文化と結びついた昆布食の聞き書きを続けている。
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