2020年8月 8日

世界トップクラスの食品ロスと「もったいない」精神が共存する日本で見えたこと ―映画『もったいないキッチン』

北海道大学大学院 市村敏伸

8月8日公開!映画『もったいないキッチン』
プロデューサー関根健次さん×井出留美さん対談

「もったいない」精神に魅せられ日本にやってきた、"食材救出人"ダーヴィド・グロス。旅のパートナー・ニキと二人で福島から鹿児島まで1600kmを旅する中で、世界トップクラスの日本の食品ロスの現場を突撃し、食材を救済。料理人や生産者たちとともに美味しい料理に変身させていくーー。旅を通して「もったいない」がもたらす多くの恵みに気づくこの映画について、企画・制作をした「ユナイテッドピープル」の関根健次さんと、本映画に出演している食品ロスについての専門家・井出留美さんが、日本の食品ロスと「もったいない」精神について語り合いました。

監督のアドリブが示した
食品ロス現場の「当たり前」

ーー今回のオンライン対談はユナイテッドピープル企画制作の映画「もったいないキッチン」に、本ウェブで連載「数字でわかる食品ロス」を寄稿してくださっている井出留美さんが出演されているということで実現しました。まず、本作をプロデュースされた関根さんに映画の構想に至った背景と、井出さん出演までの経緯を教えて頂ければと思います。

sekine2.jpg関根健次さん(以下、関根):弊社ユナイテッドピープルでは、2017年にヨーロッパでの食品ロスをテーマにした映画「0円キッチン」の日本での配給を手掛け、監督であるダーヴィド・グロス氏の来日にあたってアテンドを行いました。その際、ダーヴィドも私も日本にも多くの食品ロスが存在することを知り、さらに、日本の「もったいない」という精神にダーヴィドが非常に感銘を受け、今度は日本を舞台に食品ロスをテーマにした映画を作ろうということで意気投合しました。

井出さんとの出会いは、「0円キッチン」の日本公開にあたってのダーヴィドとの対談イベントなどをご相談したことがきっかけです。日本における食品ロス研究の第一人者でいらっしゃる井出さんとぜひご一緒したいということで、当時滞在していたコスタリカからネット通話でオファーをしたことを今でも覚えています。ですので、日本を舞台に食品ロスの映画を撮るのであれば、ぜひ井出さんにもご出演をということでお願いをしました。

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(ユナイテッドピープル代表 関根健次さん)

ーー本作では、監督でありフードアクティビストとしても活動するダーヴィド・グロス氏がコンビニエンスストアで販売期限切れの食品を口にするシーンがあります。作品のなかでも特に印象的なシーンのひとつですが、あのシーンの撮影は最初から想定されていたのでしょうか?

sekine2.jpg関根:いや、あのダーヴィドの行動は完全なアドリブで、大変驚かされました(笑)。ダーヴィドから、食品廃棄が行われている現場を特に取材したいということで、そのひとつとしてコンビニへの取材を試みました。度重なる取材交渉の末、ついにローソンさんの店舗での撮影が実現。そうした背景もあったので、バックヤードに下げられる商品を彼がいきなり食べた時には、井出さんを含め現場はかなりざわつきました。実はそのシーンを撮影した後、僕はダーヴィドに「なんてことをしてくれたんだ」とカンカンに怒ったんです。

iderumi2.jpg井出留美さん(以下、井出):私は、彼のフードアクティビストとしての顔を考えると、何かやるだろうなと思っていました(笑)。
現在の食品業界では徹底したゼロリスクが要求されます。これは2000年代に相次いだ食品事件の影響だと思われますが、品質管理についてはまさに「石橋を叩いて叩いて、それでも渡らない」くらいの慎重さが求められているのが実情です。あの商品は期限切れのものではなく、バックヤード(倉庫)に引き揚げた時点ではコンビニが設定した「販売期限切れ」のもの。つまり、五感で確かめて大丈夫であれば食べても問題ないはずの食品なのです。
ダーヴィドの行動はその点を鮮やかに浮き彫りにするという意味で、清々しさすら感じました。

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(食品ロスジャーナリスト 井出留美さん)

sekine2.jpg関根:まったくその通りです。ダーヴィド本人も「あのシーンは良いシーンになるよ」と言っていましたが、何かハッとさせられることが映画では重要です。持続可能な社会の実現には、当たり前だと思っていることをアップデートしていくことが必要で、ダーヴィドの行動は「当たり前」を常に進化させていくことの大切さを示していたと思います。

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(コンビニで取材をするダーヴィドたち)

ライフスタイルを楽しく変える映画の力

ーー映画が完成した今、お二方それぞれで食品ロスについて、映画を通じて改めて感じていらっしゃることはどんなことでしょうか

sekine2.jpg関根:この3年間ほど、食品ロスの現場でたくさんの食べられるものが捨てられる現実を見てきましたが、重要だと思うのは「もったいない」と「ありがたい」はセットだということです。食べ物には命があって、命ある食べ物によって生かされているのが我々です。その食べ物に対して、ありがたいという気持ちを持つこと。そして「いただきます」ということを心から思うこと。「もったいない」「ありがたい」「いただきます」の3つをセットに考えることで食品ロスは少しずつ改善されると思います。

iderumi2.jpg井出私も映画のなかで多くの方々が食と命の話をされているのが印象的でした。
人間の社会と経済は、ベースに命ある自然環境があってこそ成立します。これまで日本は環境への配慮よりも経済成長を優先させてきましたが、自然と、そこから生まれる食べ物に感謝することがこれから必要なのではないでしょうか。

sekine2.jpg関根:おっしゃるように、まさに今、気候変動などの問題に直面するなかで「大量生産・大量消費・大量廃棄」の20世紀型のライフスタイルを変革する必要があります。しかし、それは決して苦しいものではないということを、ダーヴィドは彼自身の食品ロス問題に取り組む姿勢から教えてくれているように感じます。

映画の後半に、捨てられる食材を、命を再び吹き込むかのごとく見事に再生させるシーンがあります。作中でも廃棄される食材を使って即興で料理をするシーンがありますが、ここではクリエイティビティと考える力が必要で、なんて楽しいことなんだと思いました。私自身も以前よりは料理をするようになりましたし、最近はナスやオクラのヘタなども食べるようにしています。たまに口の中で痛いですけどね(笑)。

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iderumi2.jpg井出人の意識や行動を変える「映画の力」を私は常々感じています。
以前、食品会社で社内向けの栄養に関する啓発活動を担当していたとき、多くの社員に呼びかけるための手段として、食の話題が出てくる映画のコラムを書いていました。映画は気軽に見にいくことができて、何かを人に伝えるためにはとても効果的な手段です。
特に今回の映画では、ダーヴィドが穏やかながらもビシッと指摘するところは指摘する。良い面も悪い面も、様々な側面を伝えるというのが効果的なアプローチなように感じました。

sekine2.jpg関根:映画は同じテーマを取材するにしても、切り口ひとつで見え方がガラッと変わります。先ほども申し上げたように、いま我々にはライフスタイルの変革が求められていますが、それは楽しくできるはずだということを、本作では感じて頂けると思います。
映画を見て、持続可能な未来に向けて楽しく変わるきっかけになれば幸いです。

- INFORMATION -
2020年8月8日より劇場公開

『もったいないキッチン』

監督・脚本: ダーヴィド・グロス
出演: ダーヴィド・グロス、塚本 ニキ、井出 留美 他
プロデューサー: 関根 健次
制作: ユナイテッドピープル
配給: ユナイテッドピープル
配給協力・宣伝: クレストインターナショナル

2020年/日本/ 95分

公式サイト: http://www.mottainai-kitchen.net/
シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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