2020年7月20日

人と環境、街と地域をみつめたお酢造りを行う飯尾醸造

グッドテーブルズ代表 山本謙治

飯尾醸造のエシカルなお酢造りについての短期連載、今回は飯尾醸造の4代目、5代目に通じる、おそらくDNAに組み込まれているのであろう、自分以外の人・環境・街・地域といった多方面のことを考えてお酢造りや経営をするということについて、筆者やまけんが実際に彼らと触れあう中で実感したことをお伝えする。

原料を生産してくれる農家のために学びたい、と彼は言った

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わたしが飯尾醸造の五代目である飯尾彰浩君に会ったのは2005年、就農を希望する人や農業ビジネスに関心がある人向けに立ち上げた就農塾というセミナーでのことだ。農業界の友人達を講師に招き、私自身も登壇したその「塾」は広く一般から受講生を募集したのだが、名簿の中に「ん?」と思う名前があった。「飯尾醸造 飯尾彰浩」
えっ、、、
これって、あの富士酢の飯尾醸造だよね?自然食品店と呼ばれる小さな店が町々にあった時代、店の調味料棚には必ずといってよいほど、飯尾醸造の純米富士酢が置いてあったものだ。
だいぶ早い時期から環境保全型で、しかも循環型の生産方法で栽培されたお米を使ってお酢を醸していることで有名だった。ただ、こちらのセミナーは、農業初心者を対象にしている。あの飯尾醸造さんが来てくれるのは嬉しいが、ガッカリされても困るなあ。

思いあまって電話をかけてしまった。

「あの、このセミナーは農業のことをあまり知らない方々を想定しているもので、飯尾醸造さんに来ていただくな内容になるかどうか、、、それに、丹後の宮津市からですと、片道四時間以上かかりますよね?」

それに対し、彰浩君はとてもきっぱりした口調でこう言ったのだ。

「わたしたちは無農薬という、農家さんに大きな負担を強いる生産方法でのコメ作りをお願いしています。そうである以上、農家さんの立場に立って、どうやったらそのご負担を軽減できるか、経営を安定していけるのかを勉強したい。そう思って申し込みました。もちろん宮津から毎回通うつもりですので、ご安心下さい。」

電話を切った後、胸の中を清く爽快な一陣の風が吹いた気がした。その就農塾で、彰浩君はほぼ皆勤賞と言ってよいほど通ってくれた。

せっかくの出会いだから、飯尾醸造のお酢造りをぜひとも観てみたい。そう思っていたら、食の業界における飯尾醸造のファンたち有志との見学ツアー企画が立ち上がり、行けることになったのである。

ふくしゃちょうとの出会い

東京からだと、新幹線で2時間ちょっとかけて京都駅まで行き、そこからさらに丹後半島行きの特急に乗り変えて2時間。4時間半の道のりで宮津駅に着く。そこから車で15分ほど、通りを隔てて向こうは海という環境に、100年以上の歴史を湛えた飯尾醸造があった。

以前はご家族が住んでいたという家を改築した広い会議スペースで、当時社長を務めておられた、4代目の毅さんとお会いする。みな名刺交換など挨拶をすると、毅さんが資料のコピーを配りながら口を開いた。

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「みなさんにご紹介したい素晴らしいお医者さんがいらっしゃいましてね。野菜に含まれているファイトケミカルという成分がとても身体によいという結果が出ていまして、、、」

という話しが一通り終わったかな、と思ったら、次はまた別のお話。

「ところで、こんな農家さんがいらっしゃいまして、こういう素晴らしいものを生産されているんです、、、」

これまた資料のコピーを配りながら、誰かがみつけた、人にとって有用な技術について話をしている。こんな感じで、手元に資料のコピーが溜まっていく一方で、毅さんがお話しされるのはみな、自分以外の誰かが素晴らしいという話しばかりだ。いったい、いつ飯尾醸造の話になるのかと思っていたのだがなんと!ついにお酢の話などがいっさいされないうちに「ではそういうことで、、、」と、話しが終わりそうになる。

ふと、毅さんがとぼけた顔で言った。

「ちなみにわたしは、ふくしゃちょうと呼ばれております。」

え? いまの社長は毅さん、あなたですよね?

「はい、でもわたしがやっているのは、蔵に来ていただいた皆様にこうやって全国で素晴らしい方々が作っているよいものを紹介することです。資料をコピーする枚数がとても多いので業務用のコピー機を使っているのですが、その枚数が多いらしくて業者さんが「いったいどんなお仕事なんですか?」と観にいらっしゃるんです。
 ですからわたしは家族から『複写長』と呼ばれているんです。」

この時、この視察に参加した一同の間に流れた、なんとも温かな空気をわたしは忘れることができないだろう。メーカーに来た視察の一行に、えんえんと自分以外、自社以外の人達のことを称揚し推薦することに一生懸命。コピー機のリース業者が驚くほどの枚数の資料を配るが、その中に自社の記事はほとんど入っていなかったのではないかと思う。

その後、当時持っていた連載記事のために飯尾醸造を再訪した際も、わたしの顔を見るなり毅さんは見せたいものがあるんだと事務所の裏側へまわり、水を湛えた魚を入れる発泡スチロールのトロ箱をみせる。

「カブトエビがいるのがわかりますか?このカブトエビを田んぼに入れることで、農家さんの無農薬のコメ作りが楽にできるかもしれないんです。」

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飯尾毅さんが、無農薬のコメ作りのために飼育実験をしていたカブトエビ。葉っぱにかじり付いて食べているのがおわかりだろうか。

ああ、まただ。またこの人は、自分の蔵の商品が売れるとか売れないとか、そういった話しではない方向に力を入れている。彼らにとっては自分達が関わりを持っている農家さんや、自分達のお酢を口にするお客さんのためになるなにごとかの方が大切なのだろう。

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その後、飯尾醸造の五代目に就任した彰浩君も、この路線をまるっきりそのまま受け継いでいるようにみえる。なんといっても、冒頭のエピソードにあるようなことを素で言うことができる人なのだから。

人と環境と街と地域が元気になるためのお酢造り

五代目となった飯尾彰浩君の口から出る言葉は、生産者や生態系、昆虫や生き物のことに加え、飯尾醸造が建つ宮津市という街や地域に関わることが増えてきたように感じられる。それは、彰浩君がお酢を担いで世界各国を行脚している中で見聞きした、食を通じて地域が活性化し、世界から人を集めている状況に触発されてのことかもしれない。

飯尾醸造の名前はアメリカやフランスにイタリアといった欧米でもよく識られている。日本の調味料の輸出が盛んになるなかで、一流のガストロノミー(美食)レストランを中心に、飯尾醸造のお酢商品を使いたいというトップシェフが増えているのだ。

10年ほど前、飯尾君にさそわれて、カリフォルニアはナパ・ソノマのワイナリーを中心に、アメリカの食文化を訪ねる仲間内の旅に参加したことがある。わたしはちょっぴり度数の高いワインにのぼせ上がり、ひとつひとつの滞在先を味わうことで一杯一杯だったのだが、彰浩君がみていたのはそうした目先のことではなかったのだろう、と今では思う。

きっと彼がみつめていたのは、素晴らしい食材が生まれる土地で生産者とメーカーがタッグを組むことで、人々が集まり健康的で素敵な体験をできる場を生み出すことができるということだ。ワイナリーやレストランでの食体験をを通じて、ゲストはその土地と出会い、理解し、支えようという意識までが生まれうる。だとすれば、京都府の日本海側に在る丹後半島にも、食を起点とした地域活性の道があるのではないか。

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そうして彰浩君が飯尾醸造5代目となってからの新機軸として生まれた動きは、着実に街を、地域を変えつつあるのである。(続く)

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プロフィール
山本謙治(やまもと・けんじ)
1971年愛媛県生まれ、埼玉県育ち。
学生時代にキャンパス内に畑を開墾し80種の野菜を栽培。大学院修士課程修了後、大手シンクタンクに就職し、電子商取引と農畜産関連の調査・コンサルティングに従事する。その後、花卉・青果流通のワイズシステム(現・シフラ)にて青果流通部門を立ち上げ。2004年グッドテーブルズを設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事。その傍ら、日本全国の佳い食を取材し、地域の食材や食文化、郷土料理を伝える活動を続けている。2009年より高知県スーパーバイザー・畜産振興アドバイザーを受任。2019年には土佐あかうし「柿衛門」のオーナーとなる。
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