2020年6月26日

エシカルなお酢はおいしい。佳いお酢はどのように造られるのか。

グッドテーブルズ代表 山本謙治

飯尾醸造というお酢メーカーの名前を聞いたことがあるだろうか。もしその名前を識らなくても、同社のブランドである「富士酢」といえばおわかりかもしれない。かつて、自然食品店と呼ばれる、小規模で無添加食材を並べる店の店頭には必ずと言っていいほど、赤いラベルの富士酢が置かれていたものだ。それがいまでは、よい品を揃えるスーパーや百貨店に、スペースをとって並ぶ商品に昇華している。それは、素晴らしい原料を使用して、昔ながらの時間をかけた発酵・熟成方式で仕上げたお酢商品が素晴らしい品質だからというのが大きい。しかし、単に"美味しいお酢"というだけでは、飯尾醸造の富士酢の素晴らしさを理解したことにはならない。というのも、飯尾醸造はお酢造りを通して多方面にわたるエシカルを実現する、稀有なメーカーなのだ。丹後半島にある小さな蔵が取り組む、エシカルなお酢造り。第一回は、そのお酢の素晴らしさを語るところからはじめよう。

識ってますか、まっとうなお酢と安いお酢の大きな違い

 多くの家庭で、台所に一瓶は置いているであろうお酢。さまざまな用途で使っているけれども、わたしたちは意外にも、お酢のことをよく識らない。いやそんなことはない、いつも使っているぞ、といわれてしまうかもしれないが、それではお酢が何日間くらいかけて造られているかご存じだろうか。また、その原料が何で、一瓶のお酢が造られるためにどの程度使われているのか、ご存じだろうか。識ってるよ、という方は読み飛ばしていただきたいが、そんなの考えたこともない、という方はぜひ読んでいただけるとうれしい。

 まず、お酢の原料はなんだろうか?お酢は、簡単にいえばお酒を醗酵させたもの。だから、伝統的なお酢造りはお酒造りから始まる。ちなみに世界各国、その地でよく呑まれている酒からお酢を造る。イギリスではウイスキーやビールなど麦の酒をよく飲むのでモルトビネガー、ワインが盛んなフランスやイタリアではブドウで造ったワインビネガー、アメリカではアップルビネガーというように、その土地で獲れる農産物がお酢の原料だ。では、日本は?そう、お米から造った日本酒を醗酵させた米酢が日本のお酢の基本なのである。

 お米を使って造られる米酢。日本の米酢はさぞかしお米にこだわって造られているのだろう、と思われることだろう。しかし残念ながら日本における米酢の内実は、どんどん薄くなっている。さまざまな食品に表示されるJASマークをご存じだろうか。日本農林規格というのが正式名称で、食品や農林水産品の規格や基準を制定しているものだ。このJASの米酢の定義をみてみると「穀物酢のうち、米の使用量が穀物酢1リットルにつき、40g以上のものをいう。」とある。つまりお酢1リットルにつき40gの米を使っていれば米酢と名乗ることが出来るわけだ。

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左から一般の米酢の規格である40gのお米。たったこれだけのお米で1リットルのアルコールを生み出すことができないことは、みておわかりだろう(ちなみに瓶は900ml)。純米酢になるとお米が120gとなり、1リットルのアルコールを生み出すことはできる。ところがそれ以上のお米を使うことで「おいしいお酢」を生み出すのが飯尾醸造の富士酢なのだ。

 しかしこれは変な話だ。お酢はお酒つまりアルコールからできる。40gの米って、片方の手のひらに乗るくらいの量だ。そんな分量のお米で1リットルのお酢を造ることができるの?いや、無理です。じつはJAS規格では、米を40g使いさえすれば、あとはこれに他の農産物や糖類やアルコール類を加えてもよいことになっている。米酢と書いているけれども、米以外の原料もたっぷり含まれている、水増しならぬアルコール増し、である。だから安い米酢の裏面表示をみると、原料欄に米以外にアルコールなどが表記されているはずだ。

 さてアルコールができたら、これをお酢にするために酢酸菌を加える。酢酸菌は液体の表面に膜のように菌糸を張る性質があるので、表面だけがじわじわと醗酵するようになっている。これをそのまま静置して、自然の対流によってゆっくり全体に発酵が行き渡るまで待つ方法を静置発酵という。半年から、長ければ一年半もかかる醗酵方式だ。

 それでは時間がかかりすぎだと考えた頭のよい人がいた。それなら、熱帯魚を飼う水槽のように空気をぶくぶくと循環させれば、全面的に醗酵が進むのではないかと考え、実現したのが「速醸法」という手法だ。なんとこの方式なら短ければ1日でお酢を造り出すことができるというのだ。

 しかし速醸でも、アルコールの発酵から自社でやっているメーカーはまだいい。じつをいえば多くのお酢メーカーは、大手が大量生産で醸造したお酢を仕入れて、ちょっと手を加えただけで自社のお酢として売っている。中には仕入れた酢に化学調味料などを添加して「昔ながらの作り方です」と表記して売っているところもある。決してウソではないが、名を知られた料理研究家さんが「わたしは、ここのお酢が好きなんです。昔ながらの造り方をしていて」と薦めているのをみていると、複雑な気分になってしまう。

 いかがだろうか、米酢といいながら原料の米は最低限の40gしか使わず、醗酵も速醸法で短い時間で済ませてしまう。こうした現代的な方法で醸造されたお酢商品は、なるほど安価で大量に出回り、私たちの生活を支えてくれている。おそらく多くのご家庭の調味料棚に、500ml200円未満のお酢の瓶が並んでいることだろう。飲食店でも、業務用1.8PETボトルに入って300円~500円台の酢を買っていることが多いはずだ。そんな低価格だからこそ、お酢は気軽に使うことができる基礎調味料になっている一面もある。

 これに対して、一年から二年という途方もない時間をかける、昔ながらのお酢造りを守る蔵がある。もちろん、昔ながらの造り方がなんでもよい、というわけではない。最新の技術を駆使した方が美味しい製品を作ることができることもあるだろう。しかし、飯尾醸造に関してはそうではないとはっきり言える。この蔵の酢は圧倒的に美味しいのだ。

米だけから造る「富士酢」はこう造られている

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名所 天橋立(あまのはしだて)を擁する丹後半島の宮津市。飯尾醸造の米酢づくりに欠かせない田んぼは、ご覧のような山間部にある。

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明治26年の創業以来、宮津でお酢を造り続ける飯尾醸造。看板商品である「富士酢」の名前は、初代が「日本一のお酢を造りたい」という想いでつけたものだ。

 天橋立で有名な京都府の宮津市は日本海に面した漁業の町だ。ここに5代続くお酢屋さん、飯尾醸造がある。現代の日本で、お酢もろみ(酒)の醸造から静置醗酵のみでお酢造りをしている、数少ない蔵だ。しかし、この蔵の凄みはそれだけではない。徹底した原料生産への思いと行動があるのだ。

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飯尾醸造の五代目社長・飯尾彰浩氏。東京農業大学の醸造学部にて学び、卒業後は飲料メーカーで勤めた後に飯尾醸造に入社。四代目が広めた倫理を重視するお酢造りに加えて、自然環境や生産者、従業員すべての持続可能性を追求する。

「お酢造りは質のよいお米作りから始まります。うちのお酢には、完全な無農薬米しか使いません。ご高齢になった生産者さんに頭を下げてお願いし、そして私たち蔵人も棚田を借り受け、総出でお米作りをします。」

と語るのは、五代目当主・飯尾彰浩氏だ。農畜産物の流通に関わる仕事をしている僕から観れば、お酢の原料に無農薬米とは実に贅沢すぎる話しで、それでビジネスが成り立つのか、いぶかしく思えることだった。しかも、彼らが借り受ける棚田は機械が入らないので、すべて手植えである。また、契約栽培農家さんから米を買い取る価格をきいてまた驚いてしまった。おそらく日本で最も高いお米の部類に入る価格ではないか!それ、高級百貨店で販売する飯米用のお米の価格ではないの?

「でも、栽培が難しい無農薬をお願いしていますし。私たちは地元・丹後でできた米しか使いたくありませんので......」

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高齢化で世話をする者がいなくなった棚田を借り受け、飯尾醸造の蔵人達で米づくりを行っている。

 先に「蔵人もお米作りをします」という言葉があったが、これを聞いたとき、正直に言えば「まあ、田植えと稲刈り、夏の間の除草をちょこっと手伝うくらいだろう」と考えていた。ところが、数回にわたって蔵を訪ねると、「ちょこっと」どころではなく、蔵人達がほぼ農家と同じ作業量をこなしていることに驚いた。

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富士酢は無農薬のお米を原料にしている。したがって自分達が管理する田んぼでも、技術的にも肉体的にも厳しい無農薬の米づくりを行っている。

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お米の品種は、8割がコシヒカリ。収穫されたお米を食味監査すると、なんと特Aの評価が出たという。いまではこのお米も希望者に販売しているが、この新米を楽しみにしている顧客がとても多いという。

 さて、こうして丹精こめて造られた米を収穫した後、冬にはいると酒造りが始まる。それまで田んぼに出ていた蔵人は、いっきに装いを変えて蔵の人となるのだ。

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米酢は日本酒を酢酸発酵させたもの。だから、日本酒を造る作業よりも工程が多いということになる。

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契約生産農家と自分達で栽培した無農薬米を蒸し、種麹をふる。麹にするのはコシヒカリではなく五百万石という品種だ。

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麹を仕込むさまは、お酢屋というより、まさに日本酒の酒造。このように日本酒造りからお酢造りを行っているお酢メーカーは、いまやごく少数になってしまったという。

「うちの米酢『純米富士酢』は、一リットルにつき200gのお米を使います。そうすることで、米の旨味が強く出ます。当然、日本酒を仕込む段階はとても重要です。」

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酒造りを統括する杜氏(とうじ)の藤本真充さん。明るいキャラクターで蔵全体を引っ張る重要人物だ。

 飯尾醸造には、酒造りの世界では名高い但馬杜氏のもとで修行を積んできた、本格的な日本酒の杜氏さんがいる。彼が造った日本酒は、瓶詰めして販売しても大好評を博すであろうほどに美味しいらしい。

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 お酢の原料となるお酒を「酢もともろみ」といい、これを大きなタンクに溜めて、酢酸菌の膜を浮かべる。

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表面にねっとりと浮かんでいるのが酢酸菌だ。アルコールの表面に膜状に浮いて、アルコールと空気との接触面だけをじわじわと醗酵させていく。

 菌の膜は、ほかのタンクからひょいと持ってくる、江戸時代から続く「蔵に着いた菌」だ。これを最低でも8ヶ月、そこから1年くらいねかせて十分に旨味を醸成したのち、製品として瓶詰めされるのだ。

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醗酵面を覗き込むと、おどろいたことにほんのり温かい。醗酵によって熱が生まれているのだ。

まっとうに造られたお酢はこの上なく美味しいという真実

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 さて、お味はどうか。上写真の左から2番目にある赤いラベルの瓶が、主力製品である「純米富士酢」。お米作りから考えれば1年半以上かけてできた富士酢を舐めてみると、速醸法のお酢とは全く違い、まず強い香りと、どっしりした深い旨味を舌の上に感じる。その強い旨味はあとにあとに、、、と余韻を長く引く。この強い旨味は速醸法のお酢には無かったものだ。多くの料理家が「純米富士酢でないと、味が出ない」というのもよくわかる、強くストレートな味わいだ。

「この富士酢は、料理人さんや自然食を好む方達には好評だったのですが、最近また面白い商品を作りました。」

と彰浩氏が言うのが「富士酢プレミアム」。何がプレミアムかというと、お酢に使うお米の量だ。

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冒頭にも掲げた写真だが、ここまで読んでもう一度みると、印象もまた変わるはずだ。富士酢プレミアムは実に、米酢のJAS規格の8倍にあたる320gものお米を醸して造られているのである。

先述のように、JAS規格では1リットルのお酢を造るのに40gのお米を使っていれば米酢と表示ができる。飯尾醸造の「純米富士酢」はその5倍となる200gのお米を使ってお酢を造る。そして「富士酢プレミアム」は、なんと通常の8倍となる320gものお米を使って、お酢を造っているのだ。

「私は東京農大の醸造学科で学んだのですが、研究テーマはいかにして静置発酵をした際に出る、お酢特有のムレ香(強い香り)を消すかというものでした。ところが残念なことに、結論としてムレ香は消すことができなかったのです。ただ、ずっとこの問題をなんとかしたいとは思っていました。ある時、お米の量をこれまでより多く仕込んでお酢を造ったところ、その解決方法が見つかりました。お米の量が増えると、うま味が増すと同時に、香り成分も倍化し、ムレ香をマスキングしてくれることがわかったのです。」

この富士酢プレミアムの味と香りは、ちょっと筆舌尽くしがたい。香りも味も旨味も「強い」純米富士酢に対して、なぜか原料のお米を多くつ買った富士酢プレミアムは「まろやかさ」や「上品さ」が加わるのだ。そして、旨味の余韻ははるか彼方まで強く残り続ける......

この富士酢プレミアム、900mlで税込2,376円。安い速醸酢の5倍程度の価格だ。しかし、味わってみればその理由を納得してもらえると思う。あきらかに美味しさが、段違いなのだ。

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 面白いことに、いま飯尾醸造で販売している中で売れに売れているのがこのプレミアムだという。一度使ったお客さんからのリピート率が圧倒的に高いことの他に、利益率も通常の商品より高いため、経営面でも貢献しているらしい。なんとプレミアム商品を、お飾りではなく、利益の筆頭に置くとは!そして今、本当に富士酢プレミアムが稼ぎ頭になっているという。

 さて、飯尾醸造がどのようなお酢作りをしているか、なんとなくお分かりいただけただろうと思う。ここまでで十分にエシカルな空気を味わえたかもしれないが、美味しさだけではない物語があるのだ。

■飯尾醸造
https://www.iio-jozo.co.jp/

(つづく)

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プロフィール
山本謙治(やまもと・けんじ)
1971年愛媛県生まれ、埼玉県育ち。
学生時代にキャンパス内に畑を開墾し80種の野菜を栽培。大学院修士課程修了後、大手シンクタンクに就職し、電子商取引と農畜産関連の調査・コンサルティングに従事する。その後、花卉・青果流通のワイズシステム(現・シフラ)にて青果流通部門を立ち上げ。2004年グッドテーブルズを設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事。その傍ら、日本全国の佳い食を取材し、地域の食材や食文化、郷土料理を伝える活動を続けている。2009年より高知県スーパーバイザー・畜産振興アドバイザーを受任。2019年には土佐あかうし「柿衛門」のオーナーとなる。
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