酸っぱいだけでなく、まろやかな旨味とコクを醸す「富士酢」。その理由は、静置発酵という伝統的な酢づくりにあります。無農薬で栽培した玄米は仕込み蔵へ運ばれます。ひと月半かけて酒を造り、出来上がった新酒は次に酢蔵へ。そこで酢酸発酵と熟成を経てようやく完成します。約2年という長い月日をかけてつくる伝統的な酢づくりを学びにいざ、酢蔵へ。飯尾醸造五代目飯尾彰浩さんにご案内いただきました。
文・有賀薫(スープ作家) 撮影・柿本礼子 編集・神吉佳奈子 (トップ画像・山本謙治撮影)
むしろに包まれて
純米酢が静かに発酵
薄暗い酢蔵に足を踏み入れると、強い酢の香りが漂ってきました。といっても不快な匂いではなく、発酵の現場独特のふくよかな香り。酢蔵には天井近くまである、大きなタンクがいくつも並んでいます。タンクこそステンレスですが、藁で編んだむしろがかけられた、クラシカルな風景です。
酢は、簡単に言えば酒=もろみを酢酸菌で発酵させたもの。酒の原料は米ですから、酢の原料も米ということになります。
酢蔵に運ばれた新酒に、発酵の素になる種酢(出来上がった酢)と水を加え、お風呂ぐらいの温度に温めます。そこへ酢酸菌を加えると、酒のアルコール分が酢へと変化していきます。
「酢酸の発酵には空気が不可欠。"むしろ"は保温性、通気性と同時に吸湿性もあります。空気を入れて酢酸発酵を促すと水蒸気があがります。それが水滴になってタンクに落ちないよう、"むしろ″が吸湿してくれるのです」。
むしろは見た目の美しさだけでなく、優れた機能性を持ち合わせていました。
自然が生み出す
美しい菌膜
飯尾さんが桶にかけられた梯子に登ってむしろを外し、蓋をあけると、淡い湯気がゆっくりと立ちのぼりました。
交代で梯子に足をかけ、ほんのり熱を持ったタンクの縁からおそるおそる中を覗き込むと、酸っぱい、でもどことなく甘い香りがじわりと鼻の奥に広がります。
白っぽい酢酸菌の膜が酢の表面を覆っていて、不思議な模様を描く様子は、いつまでも見飽きない抽象画のよう。音もたてずにひっそりと発酵を続ける液体に、静かな時の流れを感じます。
人の手を加えず
発酵の力のみで醸す
飯尾醸造の酢造りの大きな特長のひとつは、タンクに一度仕込んだら人の手は加えず、酢酸菌の力のみで時間をかけて発酵させる「静置発酵(せいちはっこう)」と呼ばれる昔ながらの手法をとっています。
一般的な食酢の醸造では、酢ができるまでかかる時間はわずか1~2日間。発酵時間を早めるために機械でタンクの中身をかき混ぜて空気に触れさせて強制的に発酵させる「全面発酵」が主流です。
飯尾醸造では酢蔵の中で100日ほど静置発酵、その後さらにタンクで熟成。約2年の月日をかけて酢が完成します。もちろん、職人たちが細やかに発酵の管理をしていることは言うまでもありません。
静置発酵だからこその
まろやかな味わい
私たちにとって酢の醸造はそれほどなじみのあるものではありませんが、一般的な米酢と「純米富士酢」の差は、テイスティングをすると歴然でした。
「純米富士酢」は米の香りと旨味、そしてまろやかさが圧倒的です。さらに、たっぷりと米を使った「富士酢プレミアム」は、香りすっきり、酸もおだやかで、お酢そのものの味わいが隠れることなく十分に引き出されています。いわばお酢の大吟醸。
「富士酢プレミアム」は、もともと米酢独特の匂いを嫌う消費者に対して、彰浩さんの父・四代目の飯尾毅さんが取り組んできた商品です。香りや酸がおさえられているからこそ、本来のお酢そのものの風味が香りや酸味に隠れることなく、細やかなニュアンスが伝わってくるのです。
飯尾醸造ではそのほかにも野菜を漬け込んで簡単に食べられる合わせ酢「ピクル酢」や山椒を添付した「しゃぶしゃぶに夢中」、健康志向の人に向けた「紅芋酢」などのユニークな商品を次々発売しています。とはいえ、飯尾醸造の真骨頂はやはり「純米富士酢」、「富士酢プレミアム」。米100%で作られた純米酢であることは間違いありません。
「高校の三者面談で、父が担任の先生に『東京農大の研究室で、酢の香りの研究をさせたい』と言ったのが私の進路になりました」。
毅さんが、息子の進路を決めてまで酢の味や香りにこだわった理由は、富士酢の原料となる丹後の無農薬の米、そして米作りの棚田にまで広がっていきます。そして、この米をめぐる人のつながりこそが、現在の飯尾醸造の原点となっているのです。
飯尾醸造
京都府宮津市小田宿野373
電話 0772-25-0015(8:00~17:00)
FAX 0772-25-1414
https://www.iio-jozo.co.jp/
商品はオンラインで取り寄せ可。月曜から土曜、蔵見学受け付けあり。見学時間は9:00~11:00、13:15~16:00 詳細はホームページまで。お申し込みは上記まで。
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