2020年5月 2日

お酢屋がめざすローカルガストロノミー 【飯尾醸造 第3回】

スープ作家 有賀薫

飯尾醸造を訪ねて、有賀さんはいざ宮津へ。京都・丹後半島のつけ根に位置した、海と山に囲まれた美しい町です。飯尾醸造五代目飯尾彰浩さんは、この地をスペインの美食の町、サンセバスチャンのように、世界中から美食家が集まる町にしたいという夢をもっています。そのため酢づくりとともに、宮津の地域活性化をめざして各地を奔走。その基幹となるレストランと宿を訪ねました。

文・有賀薫(スープ作家) 撮影・柿本礼子 編集・神吉佳奈子

五代目が取り組む町の再生
宮津を美食の町に

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京都駅から約2時間。山陰本線から丹後鉄道宮福線へ乗り入れた列車が宮津駅へ到着しました。宮津市は若狭湾に面した丹後半島に位置し、日本三景の天橋立があることでも有名です。この宮津にある飯尾醸造が今回の目的地です。

いざ酢造りの現場へ!と意気込む私たちが、飯尾醸造五代目の飯尾彰浩さんに案内されたのは、お酢蔵ではなく、イタリアンレストランでした。なぜゆえにお酢屋がレストラン......?どうやら "飯尾醸造のエシカル"は、そこにありそうです。

ローカルガストロノミーの
新たな潮流に

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イタリア語でお酢という意味の飯尾醸造が営む一軒家レストラン「アチェート」。2017年に開業。

「アチェート(aceto)」は、宮津駅から車で3分、徒歩でも10分ほどの場所にあります。明治期の古民家を改装した、しっとり落ち着きのあるたたずまい。丹後の食材と富士酢を使った、飯尾醸造が営むイタリアンレストランです。

富士酢を煮詰めてカポナータに、原材料となる無農薬の米を使ったリゾット、熟成した酒かすを練り込んだパスタ、いちじく酢を搾った酒かすで猪肉のマリネ、ぬか漬け野菜のソテー......。宮津の新鮮な魚と野菜に、富士酢だけでなく、酢を作る工程にある米や酒かすなどを使った料理は、東京でシチリア料理の料理人として活躍してきた重康彦シェフの手によるもの。イタリアンとも、また酢を使った‶酸っぱい″料理とも違う、驚きとおいしさのある皿ばかりです。

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飯尾さんが宮津へ招聘したのは、伝統的なシチリア料理の担い手として東京で活躍していた重康彦シェフ。「アルキメーデ」などで20年近く腕をふるってきた重さんが、日本の伝統的な発酵食とシチリア料理が融合した新たなローカルガストロノミーをめざす。

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重さんの真骨頂の「凝縮感」を体現した一皿。見た目シンプルなパスタだが、大量の甘海老の殻だけを使い、風味を凝縮して、濃厚な旨味に仕上げたパスタ。

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富士酢の無農薬の玄米リゾット。ソースは宮津漁港で獲れた魚のアラを使い煮詰めてつくるため、見た目シンプルながらも凝縮した旨味の余韻が響く。

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人気のいちじく酢を搾ったあとの酒粕にいのしし肉をマリネ。添えているのは、いちじく酢のソースと富士酢の米糠で糠漬けにした焼き野菜。いのしし肉に乳酸発酵した野菜の風味が絶妙に合う。

農業、醸造、そしてレストランで
宮津へ人を呼ぶ

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「三上勘兵衛本店」の玄関で、飯尾さん(右)と高岡建材社長高岡洋輔さん。三上家八代目の離れを、孫である高岡さんが2020年にゲストハウスに再生した。

アチェートでたっぷり食事を楽しんだあとは、徒歩圏内にある「三上勘兵衛本店」へ。ここは風情のある宮津の景観を残したいという飯尾さんと同じ思いを持つ、友人の高岡さんが開業した一軒貸しのゲストハウスです。

江戸時代に糸問屋や酒造業、廻船業などを営んでいた宮津有数の商家であり、国の重要文化財である「旧三上家住宅」。その隣に建つ静かな環境で、旅の疲れを癒してくれる場になっています。

外装こそ江戸情緒あるクラシックな雰囲気ですが、室内はフローリングのリビング、カウンターキッチン、快適なバスルームなどが整った、広々と現代的な造りです。

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1階のキッチンカウンターとリビングは、木材をふんだんに使った寛ぎの空間。寝室は2階に3部屋あり、一棟貸し2人利用で24000円(季節により変動あり)。問い合わせ先 https://www.facebook.com/MikamiKanbe/

飯尾醸造は今、本業の酢の製造・販売のほか、レストランを営み、地域活性化に取り組んでいます。

「丹後には年間600万人の観光客が来るんです。ところが高級レストランがないから、宿泊する人が少なく、客単価が3500円ぐらいしかない。京都は2万3千円。ここまではいかなくても、5000円には引き上げたい」

「モテるお酢屋。」を掲げて
地域に貢献する

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飯尾醸造が、酢の原材料となる米を無農薬栽培をしている棚田。飯尾さんが企画した田植えや稲刈りを体験するために、年間200人のファンが宮津に訪れる。(撮影・山本謙治)

東京の大学院で、醸造と酢の基礎研究をした後、大手企業に就職して4年半、営業やマーケティングに携わった飯尾さんは、地元の飯尾醸造に戻ってきたとき、もっと広い視野を持つべきだと考えました。それが丹後をサンセバスチャンのような観光都市として活性化し、地域貢献するということ。

「宮津に戻って初めてうちの田んぼに入ったら、そこは楽しいワンダーランドでした。この場所に人を呼べないかと思ったんです。都会の人は豊かな自然を楽しみ、田舎の人は人が来てくれたら嬉しい。双方のメリットです」

とはいえ、飯尾醸造の本職は酢造り。なぜそこに力を入れるのでしょう。

「モテるお酢屋。」が、飯尾醸造の理念です。これは、お酢を中心にして、①消費者 ②社員 ③取引先 ④地元 ⑤原料生産者 ⑥すばらしい食材の生産者 の満足を考えること。

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飯尾さんは年に一度、宮津で全国、海外の鮨職人を集めた「世界シャリサミット」を開催。さらに敷地内にある土蔵の中をリノベーションし、飯尾醸造の赤酢を使ったシャリで供する「すし長蔵」を開業予定。

近江商人の世界には、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」という考え方がありますが、それを倍にふくらませた「六方よし」。売り上げを上げることより、この関係性を大事にしていくということに重点を置いた経営へ、進んでいます。

私たちが食品を選ぶときの基準は、常に同じではありません。それは、時代背景によっても違います。食品の「安全」が大事だった昭和から「おいしさ」を求める平成へ。そして2020年、令和の私たちはSNS映えに見られるように「社会的なつながり」を食の背景に求めています。

その中で飯尾醸造が地域経済を考える、仲間の良質な食材を支援するなど、会社の社会的な側面に目を向けていることは、非常に現代的でもあると感じました。

とはいえ、それをやるからには、肝心の屋台骨がなければ実現できません。ここからは、時代をさかのぼりつつ飯尾醸造の酢造りの真髄を見ていきましょう。

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飯尾醸造

京都府宮津市小田宿野373
電話 0772-25-0015(8:00~17:00)
FAX 0772-25-1414
https://www.iio-jozo.co.jp/
商品はオンラインで取り寄せ可。月曜から土曜、蔵見学受け付けあり。見学時間は9:00~11:00、13:15~16:00 詳細はホームページまで。お申し込みは上記まで。

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aceto アチェ―ト

京都府宮津市字新浜1968
電話:0772-25-1010
営業時間 : 18:00~23:00(最終入店 20:30)
定休日:月曜、火曜
京都丹後鉄道「宮津駅」より徒歩10分
https://www.aceto.jp/
要予約。料理は7500円と10000円のコースのみ。紅芋酢を使ったドリンクや、富士酢の原材料となる日本酒(未発売)やワインも各種そろえる。

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プロフィール
有賀薫(ありが・かおる)
受験生だった息子の朝食にスープを作りはじめたことをきっかけに、365日毎朝のスープをSNSに投稿。旬の野菜を使ったシンプルなレシピが反響を呼び、書籍化に。「スープ・レッスン」(プレジデント社)に続いて、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(分響社)などのレシピ本を手掛け、ライター業から転身。スープ作家として、実験イベント「スープ・ラボ」のほか、テレビや雑誌などで活躍の場を広げている。
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