2020年3月13日

短角牛は産地によって味わいが違う その3 二戸市

グッドテーブルズ代表 山本謙治

二戸市浄法寺地区は長いこと、短角牛を放牧する牧野を有する繁殖産地だった。近年そこに肥育を行う生産者があらわれ、地元産の子牛を肥育する、二戸オリジナルの短角牛を生産できる体制が整った。二戸市の肥育スタイルでは、エコフィードと呼ばれる地域産の食品残渣や雑穀粕を与えることが特徴的である。多くの料理人からも評価される二戸産短角牛の餌に肉薄する。

二戸市は岩手県の北部、青森との県境に位置している。東北新幹線の停車駅でもあり、首都圏からのアクセスがしやすい地域であるが、駅から15分ほどで風景は山深いものとなる。

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二戸駅から車で20分ほどの距離に、二戸市が2006年に町村合併した浄法寺地区がある。浄法寺地区の名産は、全国でも屈指の生産量を誇る漆(うるし)が挙げられるだろう。

漆の原産地として有名なだけではなく、地元浄法寺で工房を建て、職人を養成して「浄法寺塗りを確立している。

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シンプルな意匠に気品のある塗りを重ねた浄法寺塗りは、全国から評価される逸品だ。

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またこの地域は、岩泉と同様に、雑穀の産地としても知られている。

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穂を垂れるキビ。ごはんのように食べるイナキビと、モチモチした食感のモチキビがある。

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ヒエは人が食べるだけではなく、その茎や殻は馬や牛の餌となった。

ヒエやアワ、タカキビにアマランサスといった雑穀類が生産され、またそれらを使った郷土の雑穀料理の文化が息づく地域でもある。

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タカキビの粉を練った団子を「へっちょこだんご」と呼び、汁粉の具にする。団子の中央にくぼみを着けたのがへそのようにみえるため、二戸でへそを表す「へっちょこ」と呼ばれる。

この浄法寺地区は以前より短角牛の繁殖産地として栄えてきた。というのも、浄法寺には標高1078mを誇る稲庭岳という山があり、この山腹の広範囲を切り拓いた牧野があるのだ。

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短角牛の子牛は母牛と一緒に放牧され、草の枯れる10月までこの雄大な風景の一つの要素となって暮らす。

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その後、子牛を県内で開催される子牛市場に出荷するのが浄法寺の短角牛生産の通常のスタイルだ。浄法寺地区には常時肥育を行う生産者がいなかったため、浄法寺はあくまで子牛を出荷する繁殖産地としての立ち位置であった。

それが、浄法寺と二戸市が合併したことで状況がよい方に変わった。二戸市で肥育経営をしていた生産者がいたことから、浄法寺で生産された子牛を二戸で購入し肥育する、純・二戸市産の短角牛が誕生したのである。

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二戸市の短角牛肥育生産者・漆原勝憲さん

漆原牧場の短角牛生産における最大の特徴は、独自に開発した飼料にある。通常の肥育農家であればカロリーベースで6割以上を占めるのは、輸入穀物ベースの配合飼料である。ところが漆原さんの飼料は、近隣の雑穀粕や飼料用米、ハトムギといった穀類に加え、南部せんべいや蕎麦の規格外品を回収し、餌としているのだ。

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雑穀を脱穀する際にとれる粕は、栄養価の高い資源だ。しかも地元産の穀類であり、岩手県北独特の味わいに一役かっているといえる.
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籾が着いたままの飼料用米を、消化がよくなるように破砕したもの。生のままあたえる。
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岩手県は蕎麦やうどんの製造業者が多い。そこから端材を仕入れて餌としている。

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これらを生産者みずから混ぜて短角牛に食べさせる。これを自家配合飼料という。

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こうして、肥育段階の短角牛たちは地域資源をふんだんに利用した飼料を食べて肉をつけ、大きく成長する。

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25ヶ月~28ヶ月齢で出荷される二戸の短角牛は、雑穀やせんべいに蕎麦、うどんといった穀物系の飼料によって、パンチの効いた味わいとなる。いっぽう、味わいを淡麗にする効果のある飼料用米の給餌によって、透明感を感じる脂の風味となっている。

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二戸の短角牛の肉を味わいたければ、その名も「短角亭」という専門の焼肉店へ行くことをお勧めする。

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ここでは、地元産の短角牛肉を焼き肉で楽しむことができる。

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「短角亭」住所;岩手県二戸市石切所字荷渡22−2 電話:0195-23-0829

一つの産地で一貫して、子牛生産から肥育、そして食べる店ができるというのは、二戸市の短角牛関係者の念願だった。歴史の長い岩泉町、生産頭数の多い久慈市山形町に加え、もう一つの産地としての位置づけを得ることができたのは、関係者の努力のたまものなのである。

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プロフィール
山本謙治(やまもと・けんじ)
1971年愛媛県生まれ、埼玉県育ち。
学生時代にキャンパス内に畑を開墾し80種の野菜を栽培。大学院修士課程修了後、大手シンクタンクに就職し、電子商取引と農畜産関連の調査・コンサルティングに従事する。その後、花卉・青果流通のワイズシステム(現・シフラ)にて青果流通部門を立ち上げ。2004年グッドテーブルズを設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事。その傍ら、日本全国の佳い食を取材し、地域の食材や食文化、郷土料理を伝える活動を続けている。2009年より高知県スーパーバイザー・畜産振興アドバイザーを受任。2019年には土佐あかうし「柿衛門」のオーナーとなる。
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