2020年5月 6日

多くの料理人に愛される短角牛の健全なる赤身肉

グッドテーブルズ代表 山本謙治

和牛の一種である短角牛の魅力を、夏山冬里という雄大な自然での放牧を交えた育て方と、各産地によって特色のある飼料と飼い方について書いてきた。では、そうやって生産された短角牛のお肉がどのように受け入れられているのだろうか。これまで多くの料理人が、短角牛の母子が放牧される牧野や牛舎を訪れ、その赤身肉ができるさまを目の当たりにし、牛と触れあってきた。最終回は、そうした料理人と短角牛との出会いについてお届けする。

短角牛は、現在の食肉格付の仕組みではどうしても高い等級を得ることが難しい、赤身中心の肉質である。もちろんサシがまったく入らないというわけではないが、黒毛和牛や褐毛和種と比べても赤身中心の肉質になりやすい。だから、通常の枝肉市場に出荷すると格付けで値段が決まってしまうことが多く、生産者にとっては持続的な取引が成立しないこともある。そうしたことから、あらかじめ短角牛の肉質について理解している取引先との、契約的な取引を中心にしてきた経緯がある。

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だが、牛肉ブームが勢いに乗りだした2008年あたりから、徐々にこの状況が変わりつつある。霜降り肉ブームが続く一方で、赤身肉へも注目が集まりだしたのだ。日本の西洋料理の主流であるフランスやイタリアで修行を積んできた料理人にとっては、牛肉といえば霜降りがほとんど入っていない赤身肉である。その肉質に合わせた調理法にソースづくりを学んできた料理人が、日本へ帰国した後に必ず戸惑うのが、霜降り度合いの高い和牛肉をどう調理すればいいのかと言うことだ。霜降り度合いの高い牛肉にソースをかけても、脂分がソースをはじいてしまうし、油分が過剰になり食べにくい。

そんな彼らが短角牛と出会うと、「ああ、探していたのはこういう肉なんですよ」と言うのだ。

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岩手県では、各産地と共同して全国から多くの料理人を招聘し、産地を案内する事業を実施してきた。短角牛のよさは、実際にその目で確かめてもらわねば、伝わりにくいからだ。

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多くの料理人が、牧野における親子放牧の光景をみて言葉を失う。多くの料理人が牛を育てる現場に初めて来るということもあり、牛という動物の大きさ、息づかいのたしかさ、親子の愛情を目の当たりにするからだ。

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2009年の春先には、岩泉町の釜津田の牧野を、東京は銀座に店を構えるフランス料理店「ベージュ アラン・デュカス 東京」のシェフを務めるジェローム・ラクレソニエール氏(当時)が訪ねてくれた。

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岩泉町の農家たちが軒先で火を熾し、肉を焼こうとしたところ、ジェローム氏が「僕がやるよ」ときさくに焼いてくれる。その短角牛の肉を食べた氏がいった言葉が忘れられない。

「僕はね、こういう肉を探していたんだよ。フランスで食べてきた肉の味だ。

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そんな彼が、短角牛のスペシャルコースで供してくれたのがこんな料理だ。

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短角牛ウデ肉のラビオリは、柔らかくほぐしたウデ肉をバジルなどの香草と一緒にラビオリに詰め、短角牛のフォンを煮詰めたソースにパルミジャーノ・レッジャーノをのせた一品だ。

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ウデ肉は柔らかくほぐれながらも濃いうま味を舌の上に感じさせてくれ、深い満足感を与えてくれる。

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そして、メインディッシュに彼が用意したのが、レストランの従業員も「この料理を彼が出すのは初めてだ」と驚いた古典料理、短角牛のウェリントン風だ。

この料理は、フォアグラを挟んだ短角牛のサーロインをパイ包みにして焼いたもの。手がかかるのはもちろん、使用する牛肉は赤身肉でなければ美味しくできないというものだ。

フォアグラやバターを含んだパイ皮は油脂分が多いが、これはフランスで手に入る牛肉が霜降りの少ない赤身肉だから。おなじことを霜降りの強い和牛肉でやれば、脂っこく食べにくいものになってしまう。短角牛の赤身中心のサーロインを使ったこの一皿は、短角牛でなければ実現しえない味わいといえる一品となった。

このように、料理人に短角牛を理解してもらう産地ツアーの取り組みがこれまでも実施されてきた。

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盛岡市内でも短角牛が生産されている。盛岡市玉山地区で黒毛和牛や褐毛和牛を飼いながら短角牛も育てる中村鉄男氏の牛舎にて。

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岩手県内の短角牛であっても、その産地によって餌の内容が違うため、味わいには違いが生まれる。そのことを識ってもらうためにも、産地ツアーは重要な役割を果たしている。

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もちろん、生きている牛を見るだけでは、その味の違いまではわからない。そこで、来てくれた料理人自身に各産地の短角牛のお肉を焼いてもらい、食べ比べをしてもらうというところまでも実施している。

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料理人は素材を調理するプロであるが、必ずしも素材全般を食べ比べる経験があるわけではない。

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岩手県内の短角牛をすべて同時に食べ比べたことがある料理人は、そうはいないだろう。

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多くの料理人が「食べ比べることで初めてわかったことがある、産地によって違いがある。」と言う。

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面白いのは、料理人によって好みが違うため、どの産地の短角牛にも支持者が出ることだ。アッサリした味わい、コクとパンチのある味わい、旨みの余韻が長い味わいといった違いが、料理法や業態の違いそれぞれにマッチするのだろう。

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こうした機会に生産者や流通業者、そして料理人同士の情報交換も活発に行われる。

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短角牛の生産が持続的に行われるためには、契約的な取引を理解してくれる料理人や流通業者の存在が不可欠なのだ。短角牛の赤身肉を好きな方は、ぜひそのことを心に刻んで欲しい。

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2019年には「The Burn」米澤文雄氏、「てのしま」林亮平氏という、いま注目される若手料理人二人が産地を巡った。

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岩手県の地元のシェフとの交流をしつつ、各産地の短角牛の食べ比べを行い、味わいの違いをしっかり記憶に刻み込んだ。

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短角牛の赤身肉を最高度に生かす調理法はやはり炭火による直火焼き。The Burnの米澤シェフは、香ばしいトウモロコシやポップコーンを添えて、久慈市山形町の短角牛の旨みを最大限に拡張した。

この連載記事を読んで、短角牛に関心を持った料理人や流通業者、そして消費者もいることだろう。岩手県では今後も、短角牛の産地ツアーを実施していく予定だ。興味のある方はいわて牛普及推進協議会に問合せをして欲しい。

いわて牛普及推進協議会 http://www.iwategyu.jp/iwate_tankaku_wagyu

 青い空の下、緑の牧野で心地よさそうに暮らす短角牛を維持する、岩手県ならではの文化を味わっていただきたいと思う。

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プロフィール
山本謙治(やまもと・けんじ)
1971年愛媛県生まれ、埼玉県育ち。
学生時代にキャンパス内に畑を開墾し80種の野菜を栽培。大学院修士課程修了後、大手シンクタンクに就職し、電子商取引と農畜産関連の調査・コンサルティングに従事する。その後、花卉・青果流通のワイズシステム(現・シフラ)にて青果流通部門を立ち上げ。2004年グッドテーブルズを設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事。その傍ら、日本全国の佳い食を取材し、地域の食材や食文化、郷土料理を伝える活動を続けている。2009年より高知県スーパーバイザー・畜産振興アドバイザーを受任。2019年には土佐あかうし「柿衛門」のオーナーとなる。
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