2020年3月12日

短角牛は産地によって味わいが違う その1 岩手県岩泉町

グッドテーブルズ代表 山本謙治

短角牛は、旧南部藩の地域に在来した南部牛とショートホーンを掛け合わせて成立した和牛だ。健全な赤身肉が愛される短角牛だが、産地によって少しずつ育て方や餌に違いがある。今回は、美しい自然に囲まれ、古くからの短角牛産地として名高い岩泉町での生産を紹介する。

JR盛岡駅から車でたっぷり二時間以上揺られると、日本のチベットとも称されたことのある岩泉町へ入る。その地名どおり、町を囲む山々には岩が突き出ており、また水が豊富で至る所に清らかな水が流れる河川に恵まれた地域である。「町」としては本州では最大の面積を誇り、東京都区内の面積がおよそ627平米であるのに対し、岩泉町はそれを大幅に上回るおよそ992平米。その広さゆえ、東端は太平洋に面しているものの、9割の面積は山間部となっている。

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その地名の由来通り、岩泉町の自然はとにかく美しい。至る所に流れる水の清冽さ、そして濃厚な緑に囲まれたすがすがしさは、訪れたことがある人にしかわからないだろう。

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岩手県の東部に位置する岩泉は、旧南部藩の食文化を受け継いでいる。ヤマセと呼ばれる、太平洋側から吹いてくる冷たい季節風の影響を受けるため、昭和の中頃までは稲作に向く土地ではなかった。このため、岩泉の伝統食にはヒエやアワ、キビといった雑穀類を用いるものや、寒さに強く保存食にもなる大根などが重用されていた。

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ヒエやアワ、キビといった雑穀類は米の代わりに常食されていた。稲作が可能になったいまでもこれらの雑穀を栽培しつづける農家が多い。

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安家(あっか)地域で栽培されてきた安家地大根は、外側と中心が鮮烈な紅色で、果肉は白い珍しい大根だ。これをブツギリにして茹で、川の水でアクを抜いたあと干して保存食にする。

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安家地大根の葉は捨てずに干して「干す菜(干し菜の意味)」とする。越冬する際の貴重なビタミン源だ。

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そんな岩泉町は江戸時代から南部牛の産地として識られており、その後の改良を経て「短角牛発祥の地」と言われる地域である。いまでも短角牛の母牛と子牛を放つ牧野が点在しており、放牧で子牛を育てる代表的な産地のひとつと言える。

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とくに町の南西部にあたる釜津田地区は、放牧の本場として南部藩の時代から牛の生産が続いてきた。いまでも山に登ると、広大な牧野の中を茶色の短角牛の群が悠々と暮らしているのをみることができる。

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この岩泉町では、子牛を育てるのみならず、子牛を肉牛に育てる「肥育(ひいく)」を担当する生産者がいる。意欲的な若手の後継者が継いでいる農家もあるのがうれしい。

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岩泉町の短角牛肥育は、緑の豊かな地域ならではの、自給粗飼料を多く短角牛に食べさせるものだ。

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岩泉の高原地帯ではデントコーンと呼ばれる、餌用のトウモロコシ生産が可能だ。といっても、海外で生産される、トウモロコシの子実(しじつ)を乾燥させたものを収穫するわけではない。夏にトウモロコシが穂を着けると、その茎や葉ごと裁断し、ビニールでグルグルに包んで収穫する。密閉されたトウモロコシは数ヶ月で漬物のように乳酸発酵し、心地よい酸っぱい香りのする発酵飼料(サイレージ)となる。

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これがデントコーンサイレージ。古漬けのように酸味のある香り、口に入れると塩気のない漬物の味わいだ。

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雪が積もるため、牛舎に入って冬を越す短角牛にとって、このデントコーンサイレージがなによりのご馳走なのだ。

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こうした、農家自身が生産して備蓄しておいた発酵飼料と配合飼料をバランスよく食べた短角牛は、健全な赤身肉を蓄えてくれる。

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岩泉町の短角牛は、赤身の旨みがしっかりと湛えられており、脂の質はあっさり口溶けがよく、まさに短角牛の王道といえる味わいだ。

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岩泉の伝統食材と短角牛を味わうことができる「かむら旅館」では、貴重な短角牛のホルモン鍋などもいただくことができる。

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「かむら旅館」(岩手県下閉伊郡岩泉町安家字松林118:電話0194-24-2331)

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短角牛のルーツの地とも言える岩泉町の魅力は、写真だけでは伝わらないだろう。牧野に牧草が茂り始める春には牛舎から短角牛を「山あげ」する。また、草がなくなる11月には「山下げ」も行われる。この間の時期、牧野は短角牛がきままに暮らす、最高のシーズンを迎える。ぜひ一度、訪れていただきたい地だ。

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プロフィール
山本謙治(やまもと・けんじ)
1971年愛媛県生まれ、埼玉県育ち。
学生時代にキャンパス内に畑を開墾し80種の野菜を栽培。大学院修士課程修了後、大手シンクタンクに就職し、電子商取引と農畜産関連の調査・コンサルティングに従事する。その後、花卉・青果流通のワイズシステム(現・シフラ)にて青果流通部門を立ち上げ。2004年グッドテーブルズを設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事。その傍ら、日本全国の佳い食を取材し、地域の食材や食文化、郷土料理を伝える活動を続けている。2009年より高知県スーパーバイザー・畜産振興アドバイザーを受任。2019年には土佐あかうし「柿衛門」のオーナーとなる。
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