欧米式の牡蠣養殖で世界と勝負したいと塩田跡地を探し求めた鈴木さん。巡り合ったのは、先人の教えから学んだサスティナブルな車海老の養殖でした。よく耕して池の環境をつくり地下海水を入れたあと、車海老は砂底で、牡蠣は池の表面で育ちます。つまり広い養殖池の上下で行われる二毛作。牡蠣と同じくゆったりとした環境で、健康に育てられています。収穫された海老の水槽を覗くと、その姿の美しいことといったら!
文・有賀薫(スープ作家) 撮影・柿本礼子 編集・神吉佳奈子
先人が教えてくれた
1㎡7尾の車海老
鈴木さんがこの土地にやってきたとき、大きな出会いがありました。堀江さんという車海老の養殖場をたった一人で営んでいた方です。堀江さんは鹿児島大学の水産学部を卒業し、大崎上島で商店を営んでいた女性と結婚。昭和30年代後半、まだ国内に車海老の養殖が確立していなかった時代です。当時は毎日トラックで車海老の餌になるアサリを買いにいき、つぶしては池にまいていたそうです。
この島はもともと、車海老の養殖が盛んでした。昭和期、底引き網の会社が塩田を整備して車海老の養殖をはじめ、大企業の子会社が買い上げ、養殖技術を高めていきました。そして、大量養殖の時代へ。「海老は密度が上がると死ぬんです。単純です。ストレス受けるから。病気になると抗生物質を与える。一時的に病気はおさまるけれど、すぐにまた病気になる」池はみるみる弱くなっていきました。やがて海老がまったく育たなくなり、会社も撤退しました。
「そのとき、堀江さんは退職金をはたいて養殖場を借り受け、ひとりで養殖を続けていました。その養殖場が現在のファームスズキ。堀江さんはこうやれば車海老がうまく育つという答えを出していて、それが1㎡当たり7~8尾だった」。鈴木さんが養殖池で育てている車海老の数と同じです。
車海老の養殖は、通常1㎡当たり稚海老を20~30尾、中には多いところで50~100尾いれるところも。1㎡当たり7~8尾だと、通常の5分の1くらいの水揚げ量になります。
ときには反発し、ときに納得しつつも、堀江さんのアドバイスを受けながら、最初の数年間の池づくりに試行錯誤した鈴木さん。その半生を車海老と養殖池に捧げてきた堀江さんの存在は大きかったのだろうと感じられます。
作る量より食べる量
それが養殖業の現実
生物の育つ快適な環境だけでなく、サスティナブルな海洋生物の生態系にまで話を広げたとき、養殖産業の抱える課題は「作る量より食べる量のほうが多い」ということです。
「車海老を1kg作るのに、2.5kgのアジやイワシの小魚を食べる。養殖のマグロなんか2t、3tです。だったらアジやイワシを食べればいい。」。つまり養殖は地球にとってプラスじゃない。それを知ったときはショックだったと言いながら、鈴木さんは先を考えます。
牡蠣やアサリなどの二枚貝は、植物プランクトンを食べてたんぱく質を作ります。現在、ファームスズキの養殖池では、①車海老に餌をやる②それがバクテリアで分解される③植物性プランクトンが生まれる④牡蠣の餌になる。という流れができています。もし、牡蠣をたくさん育てて、それが海老の餌になれば、養殖池の中で生態系が円になります。
自然に負荷をかけない
「フランスに行ったら本当にやっている人がいて。1㎡当たり稚海老1尾を池にぽーんと投げるだけで、4か月5か月後に立派な海老になっている。彼らはなんにも餌をやらずに、自然のまま」
海老の好物はイソメやゴカイ。次が二枚貝。そしてその次がアジやイワシ。鈴木さんは土壌を改良してゴカイとかアオイソが繁殖するような土をつくり、自ら養殖したあさりや牡蠣の剥き身を稚海老の餌にして育てるという、自給自足の夢を持っています。
「それができたら最高ですよ。どれくらい海老の収穫があがるかはわからない。でもそれで従業員を雇用して、飯が食えていけたらベストです。そんなことをやっている人は養殖業界にいませんから」。
川釣り好き少年の
原点回帰
今回の取材、牡蠣よりも海老よりも、牡蠣や海老を熱く語る鈴木さんが印象的でした。池を作る、牡蠣を育てる、牡蠣を売る。牡蠣養殖のスペシャリストであろうとする鈴木さんのほかに、もう一人の鈴木さんがいます。それは、魚が好き、釣りが好き、そして海や川が好きでたまらなかったという、少年時代の鈴木さんです。
前衛的な企業として急成長しながらも、サスティナブルな環境を追及し続けるその理由は、子どもの頃にふれあった水の生物たちを守りたいという気持ちの表れのように感じました。
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