鈴木さんは、春になると養殖池の水を抜いて土を耕し、天日干しをします。池の環境を整え生態系をつくることで、水面では牡蠣を、砂底では車海老が共存する日本で唯一の養殖法に挑戦しています。
従来の牡蠣いかだ養殖とは方法も、またその目指すところも新しい、鈴木さんの牡蠣養殖。まずはファームスズキがどんなふうに牡蠣の養殖を行っているか、鈴木さんの養殖哲学から話を始めましょう。
文・有賀薫(スープ作家) 撮影・柿本礼子 編集・神吉佳奈子
鈴木さんが活牡蠣を
塩田跡地で育てる理由
日本の一般的な牡蠣養殖は、海に浮かべた牡蠣いかだに、海で自然発生した牡蠣の幼生をホタテの殻等に付着させ、それを吊るし、収穫まで育てます。効率はよいものの、商社マン時代、鈴木さんが国産いかだ養殖の牡蠣を海外へ出荷したところ、クレームの嵐だったそうです。
「殻の形が悪いし、身の大きさにもばらつきがあると言われました。世界のオイスターバーに並ぶ牡蠣は、開けた時に粒が揃っていることも品質のひとつなんです。日本人はフライや鍋料理など、加熱した牡蠣を好むので、大量の剥き身を効率良く生産するために考案されたのが、いかだ等を利用した垂下式養殖です。剥き身を効率的に収穫するには本当によく考えられた養殖方法です」
これに対し、海外の顧客がメインであるファームスズキでは、牡蠣の本場であるフランスやアメリカなど、欧米の方式で牡蠣を育てています。それは、人工種苗生産で生産した幼生をタンクで育て、中間育成(フラプシー)を経てある程度大きくしてからバスケットに入れ、養殖池の水面に浮かべて一粒ずつ育てる養殖方法です。海外では生食用牡蠣は一般的に約6cmサイズが好まれるので、小粒サイズを中心に養殖しています。
世界基準は、粒揃いで
形の美しい牡蠣
牡蠣養殖で大事なのはサイズ選別しながら育てることだと、鈴木さん。目に見えないほど小さな幼生のうちは、目の違うふるいにかけてサイズを揃えます。
「大きい稚貝と小さい稚貝を同じ容器で一緒に飼うと、小さいのがいつまでも大きくならない。これは牡蠣に限らず生き物全般に共通していることです。ですから日々選別機を使用してサイズ選別します。夏は牡蠣の成長が早く、サイズ選別が追いつかないくらいなんですよ」
まとめて一度に引き上げる牡蠣いかだに比べて、なんとも手間のかかるこの方法ですが、よい種苗からサイズを揃えながら育てていけば、殻を開けたときにムラなく粒の揃った牡蠣ができます。これが実は、育てる数を無駄に増やさず、牡蠣の育つ環境を守ることにもつながっているのです。
春には、水抜き
ひたすらに土を耕す
また、驚くべきは養殖池の水抜き。毎年4月になると、この広い養殖池から水が抜かれます。耕運機をかけて土を天地に返し、さらに天日に干して乾かす。これを約2か月間何度も繰り返すと、海老の残餌やプランクトンの死骸で汚れた池底は次第にサラサラで健康な土に再生していくといいます。
この手間のかかる作業と、定期的な水質検査によって、菌の少ないクリーンな池を保ち、生き物が健康に育つ生態系を整え、病気を防ぐわけです。
薬品を使わず
酵素の力で健康に
鈴木さんの話を聞いていると、生き物を育てるというより、まるで畑で野菜を育てているかのよう。畑を耕し、種をまき、大きく育てて実を収穫するのと同じことを、池でやっています。
みかんやレモンなど、島内の無農薬柑橘で作った自家製の酵素を池にまいたり、季節や水温に合わせて牡蠣を池に入れるタイミングを考えるなど、細やかに工夫や計算をしながら、最後は自然に向かい合っていくという点もまた、農業と似ています。
バスケットの中で一粒ずつ
揺られながらゆっくり育つ
池の水を抜いてから一ヶ月半、トラクターで土を耕した後、濾過した地下海水を入れて珪藻を繁殖させて、池の環境を整えてから、大事に育てた稚貝をバスケットに入れて池に浮かべます。
「土を耕して、酵素をつくって、バクテリアを撒いて環境づくりをする。人の手はそこまで。もうちょっと人間がコントロールできたらいいんだけど、あとは自然まかせ。塩田の神様におまいりするしかないんです。健康な生態系を作りその中で賄えるだけの牡蠣と海老を育てるのがモットーです。」そんな鈴木さんの言葉が印象的でした。
これがファームスズキの
クレールオイスターの養殖法
左/6月、池の土づくりとともに、稚海老や牡蠣の幼生(赤ちゃん)に与える植物プランクトン、珪藻を培養。右/その年の牡蠣の中から成長がよく、一番形がきれいな親を選抜。受精卵をつくり、タンクに入れて珪藻を食べさせ、2週間くらいで260ミクロンほどに育てる。
左/育成中の稚貝。「1mmの牡蠣にも命があり、必死に生きようとする姿を見ていると顕微鏡から動けません」と鈴木さん。右/牡蠣の幼生が2週間くらいするとおたまじゃくしのように足が出てきて何かに付着しようとする。その性質を利用して、クペルと呼ばれるオレンジ色のプレートをタンクに差し込み、幼生を付着させる。
8ミリから1cmくらいに成長した稚貝をクぺルからはずし、フラプシーという中間育成機で1.5~2 cmになるまで育てる。その間も常にサイズ選別機で大きさを選別。
ある程度のサイズになると、バスケットに入れて池に浮かべる。稚貝は池の表面にいる珪藻(植物プランクトン)を食べて成長するので、ときどき場所を入れ替えて、成長をコントロール。
左はファームスズキの看板、小粒品種「クレールストライプオイスター」。クリアな味わいは喉をすべり落ちた後、エレガントな余韻が残る。右は三倍体の品種「クレールオイスター大粒」。ミルキーで骨格のある味わいは、ほのかに火を入れることで膨らむ。こちらは1年では育たないので、池の水を抜く春は海に出して育て、秋になると池に戻す。
広島県豊田郡大崎上島町東野垂水37-2
https://www.farmsuzuki.jp/
オンラインストアで取り寄せ可。活牡蠣の販売は3月末、活車海老は2月末まで。シーズンオフは、最先端の冷凍技術による瞬間凍結が一年中購入できる。「クレールオイスター(塩田熟成牡蠣)」12個4600円~、大粒12個4800円~。「塩田育ちの活車海老」350g(14~19尾)5500円~。いずれも内税・送料別。2019年、竹原港に併設された「たけはら海の駅」に直営のレストランをオープン。
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