2023年1月16日

北大研究者に聞く!「リジェネラティブ農業はどうやれば良い?」

北海道大学大学院農学研究院准教授 小林国之

国際情勢の不安定化や気候変動の深刻化によって、今後の日本の食のあり方が問われています。日本における「食の安定」のためには一体何を議論するべきなのか。この疑問に対して、北海道で日々農業の最前線を見てまわる小林国之先生(北海道大学)は「リジェネラティブ農業が大切」と語ります。「リジェネラティブ農業とは何か?」を整理した前回に引き続き、今回は小林先生の同僚でもある北海道大学の研究者の皆さんにお集まりいただき「日本でリジェネラティブ農業はどう実践できるのか」を考えます。

【編集:市村敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】

リジェネラティブ農業は必要か
研究者はどう考える?

kobayashi.png小林:本日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。今回の座談会では「日本でリジェネラティブ農業はどう実践できるのか」について、各分野の先生方と議論ができればと考えています。

本題に入る前に、まずは先生方から軽く自己紹介をいただければと思います。順番によろしいでしょうか。

mitani.png三谷:では、自分から。畜牧体系学研究室の三谷朋弘です。私は乳牛が主な研究対象で、北大札幌キャンパスの牧場で乳牛の飼養も担当しています。小林先生が前回の記事で指摘されていた「人間が過度に手をかけなくてもできる農業」が実現できれば、自分は研究者を辞めてもいいと思っています(笑)。ですので、今日は色々なお話を聞けるのがとても楽しみです。

nakashima.png中島:作物学研究室の中島大賢です。三谷先生ほどの情熱ではありませんが(笑)、私も北海道の道東地域でカバークロップを利用したトウモロコシの栽培実験を始めました。今日はその取り組みなどもお話しできればと思います。よろしくお願いします。

kashiwagi.png柏木:同じく作物学研究室の柏木純一です。北大に着任する前はインドを拠点に乾燥地域における作物栽培を研究していました。作物学の見地からリジェネラティブ農業に資する栽培手法について話題提供ができればと思います。よろしくお願いします。

hirata.png平田:北方生物圏フィールド科学センターに所属しています、平田聡之です。農学部の所属ではありませんが、札幌キャンパスの農場で作物栽培を研究しています。不耕起栽培をはじめ、リジェネラティブ農業で用いられる農法はまさに私の研究分野ですので、今日は色々とお話ができればと思います。

hoshino.png星野:同じく北方生物圏フィールド科学センターの星野洋一郎です。果樹や花卉の品種改良などを専門としており、直接的にリジェネラティブ農業と関係があるわけではありませんが、果樹栽培もリジェネラティブ農業の対象ですので、その観点からもお話ができればと思います。

kobayashi.png小林:ありがとうございました。では、いよいよ本題に入りたいと思います。まずは、日本におけるリジェネラティブ農業の必要性について、お考えを伺いたいと思います。

kashiwagi.png柏木:不耕起栽培などによる土壌の再生は日本でも必要だと思います。特に食料生産の拠点である北海道では、この農法の普及が急務ではないでしょうか。なぜなら、北海道は気温が低く、かつ乾燥した地域だからです。

北海道を含めて、日本の農業では頻繁に土を起こすことが一般的です。もちろん、土を起こすことにはメリットも多いのですが、北海道のような冷涼かつ乾燥した気候の地域では、そのデメリットが非常に大きいと考えます。

湿潤な気候で水分が土壌に供給されやすく、冬でもある程度の気温があって有機物が分解されやすい環境であれば、土を起こしても土壌中の微生物の活動は維持できます。

しかし、北海道の気候はその逆です。冷涼乾燥の環境下で土を過度に起こすと、太陽光の熱などによって土がカラカラに乾燥し、土壌の温度も低下して微生物の活動が止まってしまいます。ですから、特に北海道では、リジェネラティブ農業によって土壌の微生物を活性化することが必要だと考えます。

kobayashi.png小林:たしかに、畑に作物が植わっていない春に十勝などへ行くと、砂嵐がひどいです。あれは土が乾燥していることが原因で、土壌中に微生物が多くいれば水分を土に保つことができるので、あのようなことにはならないでしょうね。

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春先の北海道での砂嵐の様子を伝えるメディア(2019年5月20日 ウェザーニュースより)

hirata.png平田:北海道における土壌問題の原因としては、輪作体系が崩れていることも大きいと思います。北海道の畑作では伝統的に、小麦、豆類、てん菜、馬鈴薯(ジャガイモ)の4品目を1年おきで交互に植え付ける輪作が行われてきました。これは健全な土壌を維持するための農法として科学的にも評価できるのですが、最近は収益性の問題で小麦と大豆ばかりを植える農家が増えていると聞きます。

ですから、不耕起栽培に加えて、しっかりと輪作の価値を見直すことも重要だと思います。

kashiwagi.png柏木:たしかに、国際的にも輪作の価値を見直す動きは出ていますね。また、輪作に似た農法として、間作(かんさく)も注目すべきだと思います。

間作とは、ある作物の畝と畝の間で別の作物を育てる農法です。土壌の微生物を活性化させる観点では、特にマメ科の作物を間作で育てるのが良いでしょう。マメ科の植物は土壌のなかで微生物(根粒菌)と共生関係を築きます。根粒菌は、大気中の窒素を土壌に固定する能力を持っているため、根粒菌との共生関係が築ければ、植物の成長に欠かせない窒素を人間が介入しなくても土壌に供給することができます。

うちの研究室では小麦の畝間に大豆を植える間作を実験しましたが、大豆と根粒菌との共生効果もあってか、小麦の収量は増加傾向を示しました。

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大豆と小麦の間作実験の様子

hoshino.png星野:間作の手法は果樹栽培でも重要だと思います。土壌の健全性を高めるという意味ではもちろんのこと、果樹栽培は農薬の散布量が比較的多いので、ハーブなどの虫が嫌う作物(忌避作物)を間作で育てれば農薬散布量を減らすことができるかもしれません。

また、蜜腺をもちミツバチを引き寄せられる花などを間作で育てれば、昨今、大きく数が減少しているミツバチの再生にもつながる可能性があります。土壌の健全性には直接関係しませんが、植物の受粉に欠かせないミツバチの減少は農業の根幹に関わる大きな問題です。

kobayashi.png小林:早くも面白いお話の連続です。前回の記事では、私の方からリジェネラティブ農業の基本的な農法として、カバークロップと家畜の利用も紹介したのですが、この点についてはどうでしょうか?

mitani.png三谷:小林先生のおっしゃる通り、日本でも畑作などで家畜の利用を進めるべきだと思います。畑で放牧をすれば手間をかけずに糞尿に含まれる有機物を畑に撒くことができますが、現実的には畜産農家から発生した糞尿を堆肥の形で利用することになると思います。

ただ、堆肥についても、日々大量に発生する糞尿をいかに堆肥化し、販売するかという流通網の整備はまだまだ大きな課題です。ですから、リジェネラティブ農業のために堆肥を使うことも、それほど簡単ではないのが現状でしょう。

nakashima.png中島:家畜糞尿の利用に加え、土壌に有機物を供給する存在として、私はカバークロップに注目しています。ただ、カバークロップを利用した土壌の改良には長い時間がかかります。なので、農家の方からすると、カバークロップの導入にはハードルが高いことも事実ではないでしょうか。

kobayashi.png小林:中島先生がご指摘された「農家にとってのハードルを下げる」という観点は非常に重要ですね。ここからはもう少し、具体的な農法論に踏み込んでお話いただきます!

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座談会の様子

「秋起こしはやめるべき」
日本農業への提言とは

kobayashi.png小林:ここからはリジェネラティブ農業を実践するための具体的な方法について伺いたいと思います。今までの農法に比べて収量は落ちてしまうかもしれないけれど、肥料などの必要量が少なくなり収益は上がるような農法をぜひ教えていただきたいです。

kashiwagi.png柏木:私の関心は、やはり間作でしょうか。すでにお話したように、マメと麦の組み合わせは相性が良いと思いますが、収穫時期が被ってしまうと収穫しづらいという難点があります。ただ、この点については収穫を上手く行うためのトラクターへのアタッチメントの開発もありますので、それらの利用や更なる開発を検討すべきでしょう。

また、マメ科の植物の子実を収穫せずに畑に残しておくと、土壌への窒素供給の効果がより大きくなります。ですから、間作する作物は大豆ではなく、ヘアリーベッチなどが良いかもしれません。

hirata.png平田:厳密には間作ではありませんが、ストライプ(またはストリップ)・ティレージという農法も良いと思います。これは1つの畑を7〜8mの帯に区切り、各帯で異なる作物を育てるという農法です。これであれば、作物のバリエーションが増えますし、間作と同じ土壌の改良効果があることも分かっています。

kobayashi.png小林:ストリップ・ティレージは初めて聞きましたが、興味深いですね!カバークロップの実践方法についても伺いたいです。中島先生、いかがですか?

nakashima.png中島:私の実験では、まず有機圃場にトウモロコシを植え付け、生育初期に行う機械除草のタイミングに合わせて、畝間にアルファルファや白クローバーなどのマメ科の牧草を蒔きました。そうすると、草丈が高いトウモロコシを収穫した後もマメ科の牧草は残るので、土壌に有機物を供給し続けることができると考えています。

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中島先生の実験の様子

実験は農薬も化学肥料も使わずに行ったのですが、初年度でも雑草はさほど問題にはならなかったので、上手くいけばトウモロコシや牧草の生育に雑草が問題にならないかもしれません。また、実験上はヘアリーベッチよりも、アルファルファや白クローバーの方が上手くいきましたが、何をカバークロップとして使うかはメインの作物との相性も重要になります。

mitani.png三谷:それができるのなら、酪農の牧草地にトウモロコシを植えても大丈夫そうだと感じたのですが、どうですか?

hirata.png平田:トウモロコシの成長が牧草に負けてしまう可能性はあると思います。なので、ロールクランパーという機械を使って、植物体を倒すやり方があります。放牧地から畑作に切り替える場合、牧草の再生を押さえる必要があるので。

mitani.png三谷:なるほど。牧草を倒す必要があるなら、家畜に踏ませて押さえるというのも一つの手ですね。

kobayashi.png小林:不耕起についてはどうでしょうか?間作やカバークロップに比べると難易度が高いかもしれませんが。

hirata.png平田:日本で常識となっている過度な秋起こしはやめるべきだと思います。秋起こしは田や畑に残った作物の残渣を土にすき込んで有機物を土壌に供給する役割や土壌環境の更新、雑草促成の役割などがありますが、冒頭で柏木先生が指摘されたようにそのデメリットも理解する必要があります。秋起こしを行わない方法しては、収穫後の畑に羊などの家畜を放って残渣などを処理する方法があります。

mitani.png三谷:それ、オスの子牛にやってもらっても良いですね。3年ほどその飼い方でじっくりと育てた後に、お肉として食べるというイメージです。

hirata.png平田:また、コムギの後作に越冬能力の無いヘアリーベッチを播種し、そのまま越冬させた試験も行いました。その場合、ヘアリーベッチは積雪下で枯れて、融雪後にシート状になりますが、そこに春小麦を播種したところ、窒素肥料を半減させることが可能でした。春小麦以外の作物でも有効だと思われます。

kobayashi.png小林:ありがとうございます。ここまで各先生からリジェネラティブ農業の具体的な方法論について伺いましたが、先生方にはその方法が農家でも実践可能であることも、今後ぜひ示していただきたいと思います。もちろん、その模様もこの連載で追わせていただきます。皆様、本日はありがとうございました。そして、引き続きよろしくお願いします!

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プロフィール
小林国之(こばやし・くにゆき)
1975年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了の後、イギリス留学。助教を経て、2016年から現職。主な研究内容は、農村振興に関する社会経済的研究として、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社、2005、『北海道から農協改革を問う』筑波書房、2017などがある。
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