2022年12月27日

リジェネラティブ農業入門「再生型農業ってなんですか?」

北海道大学大学院農学研究院准教授 小林国之

国際情勢の不安定化や気候変動の深刻化によって、今後の日本の食のあり方が問われています。日本における「食の安定」のためには一体何を議論するべきなのか。この疑問に対して、北海道で日々農業の最前線を見てまわる小林国之先生(北海道大学)は「リジェネラティブ農業が大切」と語ります。では、リジェネラティブ農業とは一体何なのでしょうか。

【聞き手:市村敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】

「リジェネラティブ」?
「良い土壌」?

ーー小林先生、今回は「リジェネラティブ農業」について教えていただけるとのことで、よろしくお願いします!

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林先生(以下、敬称略): リジェネラティブ農業は、このごろ私が日本の農業のあるべき姿として最も注目しているキーワードです。なるべく分かりやすく丁寧にお話します!

ーーすでに「有機農業」などのキーワードはよく知られていますが、リジェネラティブ農業はあまり知られていませんね。そもそも、リジェネラティブとは何なのでしょう?なかなか聞き馴染みのない言葉ですが...

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:リジェネラティブ(regenerative)とは、英語で「再生できる」という意味です。ジェネラティブが「何かを生産する」という意味で、そこに「再び」を意味するre(リ)がつくので、このような意味になります。なので、発音するときは「リ・ジェネラティブ」と、区切って言うイメージがよいかと思います。

ーーリジェネラティブ、リジェネラティブ、リジェネラティブ...。少し口に馴染んできたような気がします(笑)。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:よかった(笑)。このような意味なので日本語では「再生型農業」と呼ばれる場合もあります。ただ、いずれにせよ問題なのは「一体なにを再生しようとしているのか」という点です。

リジェネラティブ農業が再生しようとしているのは、ズバリ「土」です。あらゆる農業は土壌の上に成り立っています。ですから、土壌の状態というのは農業において非常に重要です。

しかし「良い土壌」というのは、そう簡単に作れません。むしろ、農業の方法次第では「悪い土壌」になってしまう。そのため、農業のなかで意識的に土壌を守るための取り組みをすることが必要で、その取り組みこそがリジェネラティブ農業なのです。

ーーつまり、悪くなってしまった土壌を「良い土壌」へと再生するから、再生型農業な訳ですね。ところで、先生がおっしゃる「良い土壌」というのは一体どのようなものなのでしょうか。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:一言でいえば「人間が過度に手をかけなくても農業ができる土」でしょうか。現在、農業の世界では肥料や農薬を使うことが当たり前となっています。もちろん、それ自体は悪いことではありません。私は農業経営のことを第一に考えていますので、経営の都合上、より多くの収量を確保するために肥料や農薬が必要なことは十分理解しています。

ただし、2022年現在、肥料や農薬を多く使うことは農業経営にとってのリスクとなっています。なぜかというと、ロシアによるウクライナ侵攻をはじめとする国際情勢の変動で、国際的に肥料価格が急騰しているためです。日本は化学肥料のほとんどを外国からの輸入に依存していますので、国際的な肥料価格の高騰は農業経営へとダイレクトに影響を与えます。

ですから、こうした状況を踏まえて考えるべきは「いかに肥料や農薬を使わずに農業の生産性を維持するか」という点です。肥料や農薬を買う必要がなくなれば、その分、経営も安定します。そして、そのための1つの方法が「良い土壌」を作ることだと考えています。

ーーなるほど。ただ、肥料や農薬を使わない農業というと有機農業も同じではないかと思うのですが。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:確かにそうですね。有機農業も、土壌の改善によって肥料や農薬を使わない農業を目指すものですから、同じような概念だと思われるでしょう。

しかし、私はリジェネラティブ農業と有機農業は2つの点で異なるものだと考えています。

1つは、リジェネラティブ農業が「土壌の生物性」に注目して、土壌の改善を目指すものだということです。

土壌を分析する際には、大きく3つの切り口があります。1つ目は「どれくらい水を通すか」などに関する物理性、2つ目は「どのような物質が土壌に含まれているか」などに関する化学性、そして最後が「どのような生物が土壌に生息しているか」などに関する生物性です。

リジェネラティブ農業が生物性に注目する一方、有機農業は主に物理性と化学性に注目した農業の考え方です。

もちろん、有機農業が生物性を無視しているわけではありません。「有機農業の推進に関する法律」では有機農業の内容として「『自然循環機能』として生物を介在する物質循環を増進すること」が挙げられています。

しかし、実際に「有機農業とは何か」を定義するときには、ご存知のように「化学肥料や農薬を使用しないこと」が重視されています。つまり、生物性はあまり考慮されていないのです。

ですが、最近の研究では「良い土壌」を作るためには、むしろ生物性の方が重要な役割を果たしていることが分かってきました。もちろん、昔から土壌のなかの生物が大切なことは知られていて、農家の間では「ミミズが多くいる土は良い」と言われていたぐらいです。

ただ、その理由が科学的に解明されていなかった。なので、有機農業を定義する際に生物性があまり重視されなかったのです。

ーー「たくさんの生き物がいる土」が、手をかけない農業のために必要ということが科学的に分かったということですか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:そうなんです。私の専門ではありませんが、土壌学の分野で植物の根と土壌中の微生物の関係を調べる研究が進んでいます。そして、その結果として根と微生物は土壌のなかで共生関係を築き、植物の成長に必要な物質が微生物によって供給されることが分かってきています。

具体的に言うと、まず植物の根からは光合成の結果として様々な有機物(炭素を含んだ物質)が土壌に供給されます。そうすると、それらの有機物をエサとする微生物が根の近くに集まってきます。こうして形成される根の周辺の環境は「根圏」(こんけん)と呼ばれます。

そして、根圏に集まった微生物は土壌中の有機物を分解して、植物が吸収しやすい窒素などの形にして根に供給します。この根圏における植物と微生物の共生関係がうまく構築されれば、人間がさほど手をかけなくても作物は成長することができます。

ーー「共生関係が構築されれば」ということは、そういう関係にならないことが多いということですよね?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:はい。意識的に微生物を増やし、共生関係が生まれる仕掛けが必要です。例えば、化学肥料を与えすぎると共生関係が構築されにくいことが分かっています。私も専門ではないので詳しいメカニズムは説明できませんが、植物が微生物から栄養を取らざるを得ない環境を作ることが大切なようです。

そして、この化学肥料との関係性に、有機農業とのもう1つの違いがあります。

それは、リジェネラティブ農業では化学肥料を使うことも、ある程度は許容されるという点です。より正確に言えば、化学肥料の使用などの具体的な農法については、それぞれの経営や地域の状況によって弾力的に対応できるのです。リジェネラティブ農業の目的は微生物との共生関係を作ることにありますから、共生関係がありつつ「ここはどうしても収量を増やしたい」という時に化学肥料を利用するということもあり得ます。

まとめると、土壌の生物性に注目して「手をかけなくても農業ができる土」を作ること。そして、その目的を達成するための具体的な手段は、それぞれの農家が取捨選択できる柔軟性があること。この2つがリジェネラティブ農業の考え方の特徴です。

リジェネラティブ農業のために
必要なことは何か?

ーーリジェネラティブ農業の特徴はよく分かりました。では、具体的に一体どのようなことをすれば、微生物との共生関係を作ることができるのでしょうか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:基本的な方法を4つに分けて説明すると、まず1つは化学肥料をなるべく与えないということです。その理由はすでに説明した通り、化学肥料を与えすぎると植物が共生関係を作ろうとしなくなるからです。

2つ目は、土壌中の環境を壊さないためになるべく土を耕さないことです。これは不耕起栽培と呼ばれる農法で、最近欧米でも注目を集めています。

3つ目は、カバークロップと呼ばれる植物を使って、作物を育てていない時期でも農地全体を緑で覆うことです。このメリットは大きく2つあります。1つは土を"裸"の状態にしないことで風などによる土壌の侵食を防ぐこと。そしてもう1つが、光合成で生成された有機物を土壌へ供給し続けるということです。これによって、作物を育てていない期間でも土壌中の微生物を活性化させることができます。

IMG_8630.jpg

リジェネラティブ農業を実践する北海道長沼町のメノビレッジ長沼の圃場

そして最後は、少しハードルが高いですが、農地に家畜を放ち有機物を豊富に含んだ排せつ物をまくことです。田畑であっても、何らかの形で家畜を介入させることで土壌中の微生物をより活性化させることができます。

ーーなるほど。ただ、実際の農家の方からすると「そんな簡単に言われても出来ないよ」と思われるかもしれません(笑)。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:その通りですね。私は農家でもなければ、作物や土壌を専門的に分析している研究者でもありません。ですから、私からお伝えできるのは、あくまでもリジェネラティブ農業を実現するための一般的な方法に過ぎません。

ただ、それだけではあまりに無責任ですので、北海道大学の私の同僚研究者たちに「実際のところ、日本ではどうやればいいのか?」を聞いてみるのはどうでしょうか。各分野の研究者に集まってもらいますので、座談会をやってみましょう!

ーーおおお、それはぜひお願いします!この注目の座談会の模様は次回お伝えします!

※本サイトに掲載の文章の部分的な引用を希望される場合は、サイト名・記事タイトル・著者を明記の上でご利用ください。また引用の範囲を超える文章の転載・写真の二次利用については編集部の許諾が必要です。

プロフィール
小林国之(こばやし・くにゆき)
1975年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了の後、イギリス留学。助教を経て、2016年から現職。主な研究内容は、農村振興に関する社会経済的研究として、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社、2005、『北海道から農協改革を問う』筑波書房、2017などがある。
小林国之の記事一覧

最新記事

人気記事