2022年8月15日

「地球に優しいことは、僕たちにとっても優しい」炭素を土壌に貯める、山梨県の取り組みとは

フリーライター・本サイト編集担当 柿本礼子

「4パーミル・イニシアチブ」という言葉をご存じだろうか? 土壌に炭素(C)を蓄積させることで、増加する大気中の二酸化炭素(CO2)量を差し引きゼロにするという考えに基づいた、国際的な取り組みだ。山梨県は自治体としては日本初の「やまなし4パーミル・イニシアチブ農産物等認証制度」をつくり、果樹農家を中心に「環境に優しいくだもの」づくりに取り組んでいる。生食用の桃とブドウでの「アチーブメント認証」取得・第1号である「清果園」の鮫谷朋宏さん・田中和広さん兄弟に話を聞いた。

【写真・文 柿本礼子】

大気中に出たCO2を、炭素を土中に入れることで相殺する

山梨県笛吹市の国道411号沿い。通称「甲州桃太郎街道」の沿道に清果園はある。ここは無化学肥料、低農薬、不耕起栽培でブドウと桃を育てる観光農園。夏の盛り、強い日差しを感じながら清果園を訪れると、柔和な表情の鮫谷朋宏さん・田中和広さん兄弟が迎えてくれた。ブドウ棚が日除けになり、盆地特有の粘りつくような暑さがふっと軽くなる。

「あくまで感覚的な話ですが」と、弟の田中さん。「ここの畑は作業していて呼吸が楽なんです。こういう暑い時期に畑に入ると、通常は湿気で息がしづらいんですが、僕も、よく来るお客さんも、呼吸が楽だと感じる人はいるみたいです」。

「僕たちは環境に優しい土づくり、ブドウづくりをしているのですが、土が健康だと、木も健康になり、果実も健全に実る。そうした環境は同じ生き物である僕たち人間にとっても優しい、というところにつながってきているのかな、と思っています」と兄の鮫谷さんは説明する。

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清果園のブドウ畑。犬も涼しげ。

清果園の話をする前に、今回の主題の「4パーミル・イニシアチブ」のおさらいをしよう。これは2015年12月のCOP21(国連気候変動枠組条約締約国会議)でフランス政府が提案したものだ。「4パーミル」とは「4/1000」、つまり0.4%のこと。世界の土壌の表層(30〜40cm)の炭素量を、年間0.4%増加(蓄積)させれば、人間の経済活動によって増加する大気中の二酸化炭素を実質的に帳消しにできるという試算だ。この目標を達成すべく、日本を含む719の国や国際機関が参加している(2022年6月現在)。山梨県は2020年4月、全国の自治体では初めて「4パーミル・イニシアチブ」に参加し、県独自の認証制度設立へと動き出す。

「とはいえ『炭素を0.4%土中に増加させた』ことをどう計算するか...。先行事例がないので、国の研究施設などを回って調査をしました。そして草生栽培などいくつかの取り組みを含め、果樹農家が頑張れば越えられる基準を探りました」と、山梨県農政部の長坂克彦さん。その結果、下記の取り組みにより、土壌に年間1.0トン/ha以上の炭素を貯蔵できた場合に「4パーミル・イニシアチブ」アチーブメント認証を、実現可能な計画を提出できた場合に「4パーミル・イニシアチブ」エフォート認証を取得できる制度を、2021年からスタートした。

①草生栽培による雑草等の投入

②堆肥、土壌改良剤等の有機物を含む資材の投入

③生産圃場内で発生する剪定枝等の作物残渣の投入

④生産圃場内で発生する剪定枝等の作物残渣を原料として製造したバイオ炭の投入

⑤その他土壌への炭素貯留が確実に見込まれる取組

昔からされていた「炭」の活用

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剪定したブドウや桃の枝を、日干しして乾かし、無煙炭化器で炭にする。(写真提供/鮫谷朋宏さん)

先の4つの取組のうち、特徴的なのが「炭の活用」だ。実は日本は古くから炭を畑に活用してきた。1697年出版の『農業全書』にも「もみ殻燻炭」の利用法について書かれている。

「実は僕たちも、周囲の一部の農家さんも、4パーミルの制度ができる前から、ブドウ剪定枝を炭にして、畑にまいていました」と田中さん。ブドウ畑の裏手には日川という川が流れ、一帯は川砂が堆積する砂地なのだという。

「砂地だと、水も栄養分も抜けてしまいます。ここに炭や有機質を適度に混ぜておくと、水分も比較的保持できて、養分も抜けにくい。長雨でもある程度は吸収する、健康的な土になっていきます」

炭の中には小さな穴がいくつもあるため、土に入れることで、穴が微生物の棲家となるそうだ。「苗木を土に植える時、根の周りに炭を入れると空気も腐葉土も通る流れができるんですね。そうすると養分を吸い取るための細かい根が伸びやすくなります」

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ブドウの剪定枝を炭にしたもの。

炭の保水性のよさ、微生物の増殖促進といった土壌改良効果、そして果樹の根の張りをサポートするといった効果に加え、炭素を土に戻す役割も見つけ、これを取組として組み込んだのが「やまなし4パーミル・イニシアチブ」のオリジナリティだ。

枝には光合成によって多くの炭素が蓄積している。枝を燃やして灰にした場合には炭素は二酸化炭素となるが、炭にして畑に撒くことで炭素を土中に固定することができる。

「説明会に行って、話をよくよく聞いてみると、自分たちのやっている農法を変えずに申請ができる、その良さをいわば認めてもらえると分かり、これは第1号で(アチーブメント認証を)取得したいな、と思いました」(鮫谷さん)

ちなみにヨーロッパでは、炭を畑に撒いて活用する農法は一般的ではなく、欧米諸国で4パーミルを実践する場合の主な取り組みは「不耕起栽培」だ。

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根の周りにも炭を撒く。保水力のほか、雑草を抑える役割もある。雪が降っても溶けやすいという。

冬に剪定をし、その枝を畑の一角にまとめて天日干しし、炭にする。「手間はかなりかかりますが、効果も高く、使い道はたくさんあるんです」と田中さん。

「認証を始めて、意外と炭を以前から活用している方が県内にいることに気づきました」と長坂さん。「炭を畑に撒くことで、半永久的ーーおよそ8割が分解されずに土壌に留まると言われています」。

いやはや、先人の知恵おそるべし、だ。

めぐり巡って「おいしい」につながっていると感じる

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草生栽培も4パーミルの実施には大切な要素。期間中、刈った草の面積あたりの重量を測り、炭素量を計算する。

父の代から無化学肥料、低農薬、不耕起栽培に舵を切った果樹園を、次男の田中さんが継いで農家になった。兄の鮫谷さんはサラリーマンとして働いた後、5年前から一緒に畑に入っている。

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ブドウの収穫が終わった畑に、ぼかしと堆肥(牛糞堆肥)を撒く。この後に炭を撒いて、翌年に向けて木を育てていく。(写真提供/鮫谷朋宏さん)

サラリーマン時代の経験が、今回の申請で大いに役立った。「4パーミルの認証を取るための書類作成は兄でないとできなかった」と田中さん。計算をしてみると、ブドウ畑では 1.27トン/ha、モモ畑では 1.46トン/haの炭素を貯留していることがわかった。こうした炭素貯留・二酸化炭素の排出低減の取り組みは、気候変動への有効な対策となる。

「そうしたことももちろんあるのですが」と鮫谷さんは続ける。「先に話したように、土が健康だと、木も健康になる。そうしたことが、僕たちの桃やブドウを食べてくれたお客さんからいただく『おいしい』っていう言葉につながっているんじゃないかと、僕たちは思っています」。

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左から、山梨県農政部農業技術課の長坂克彦さん、田中さん、鮫谷さん、山梨県農政部峡東農務事務所の雨宮秀仁さん。長坂さんは「やまなし4パーミル・イニシアチブ」設立の立役者だ。

「4パーミル・イニシアチブ農産物」ぶどうフェア

・無印良品 銀座
 実施期間:2022年8月22日(月)~ 8月28日(日)
 住所:東京都中央区銀座3-3-5

・やさいや金次郎
 実施期間:2022年8月27(土)~ 9月4日(日)*木曜定休
 住所:神奈川県横浜市青葉区もえぎ野6-5

・サンフレッシュ玉川髙島屋店
 実施期間:2022年8月31日(水)~ 9月6日(火)
 住所:東京都世田谷区玉川3-17-1(B1F)

・「おいしい未来へ やまなし」
 公式サイトはこちら

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プロフィール
柿本礼子(かきもと・れいこ)
「エシカルはおいしい‼」エディター。「食」を社会的に捉えたいと、食ライターへ。各地の農産品を料理人や食べ手につなぐこと、食関連の編集・執筆が目下の仕事。料理専門誌、新聞での執筆のほか、『ヴィーガン・レシピ』(米澤文雄著・柴田書店)、『ヨーロッパのスープ料理』(誠文堂新光社)など料理書籍の編集も行う。出張先で出会う食材や郷土食が何よりの楽しみ。
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