2022年5月20日

食品ロス問題で忘れがちな「リデュース」 捨てないパン屋から考えよう

食品ロス問題ジャーナリスト 井出留美

食品ロスの問題は「どう無駄なく再利用するか」というリユース・リサイクルの話題が注目されがちです。しかし、食品ロス問題ジャーナリスト・井出留美さんは、最も重要なことはリデュース、つまり余剰な食品をそもそも出さずに食品ロスを減らすことにあると言います。では、リユースやリサイクルではない、食品ロス対策とは一体なんなのでしょうか。今回は「捨てないパン屋」をテーマに取り組みの最前線を教えていただきます!

食は最も身近な環境問題?

広島の「捨てないパン屋」こと「ブーランジェリー・ドリアン」を取材して書いた拙著『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』が、68回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出されました。

この本は、かつては毎日、山のようにパンを捨てていたのに、2015年秋からパンを1個も捨てなくなった、パン屋の三代目・田村陽至(ようじ)さんのストーリーを描いたノンフィクションです。

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小学校高学年向けなので「こどもの本でしょ」と思われるかもしれませんが、田村さんのストーリーには大人にとっても多くの学びがあります。中でも名言だと感じたのは、田村さんのお父さんの「食べものが一番の環境問題」という言葉です。

2021年、日本の環境問題に関わる業界で注目を集めた翻訳本に『ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法』(ポール・ホーケン編著、江守正多監訳、東出顕子訳、山と渓谷社)があります。地球温暖化の進行を逆転させるには、具体的にどのような対策が必要か。二酸化炭素の削減量や費用対効果、実現可能性などを踏まえて、世界の200人近くの科学者や専門家が検証・評価し、1位から100位までランク付けした「ドローダウンプロジェクト」の内容をまとめた本です。

それによると、1位は冷蔵庫やエアコンなどの「冷媒」(の管理と使用削減)、2位は「風力発電(陸上)」、そして3位にランクインしたのが「食品ロスの削減」でした。ちなみに、4位には「植物性食品中心の食生活にする」が入り、食にまつわる対策が3位と4位を占めています。

どちらかというと事業活動と関係が深い1位・2位とは違い、3位と4位の「食」は、世界中の誰もが関わることができる対策です。こうしてみると、「食べものが一番の環境問題」という言葉は、全ての人に最も身近な環境問題が食であるという意味で本質を突いていると言えます。

さて、話を「捨てないパン屋」に戻しましょう。田村さんが「捨てないパン屋」へと転身したことには2つの体験が関係しています。

パンの種類を減らして売上アップ
捨てないパン屋の取り組み

一つは、モンゴルで体験した羊の解体です。田村さんはかつてモンゴルで暮らしていたことがあります。モンゴルでは、羊をさばくとき、一滴の血も流しません。田村さんは、羊が「生きたい」と強く思って暴れ、そして頭がゴトリと落ちる姿を目の当たりにしました。そのようにしてさばいた羊を、モンゴルの人たちはすべて食べ尽くすのです。この生命を余すところなく頂くという体験は、田村さんの食に対する姿勢の根本を形成しました。

もう一つの契機は、ヨーロッパでのパンづくりの修行です。田村さんが修行したお店では、品質の高い原材料を使ってパンを焼き、パンは1個も捨てません。そして、働く時間も日本よりずっと短く、人の働き方も「持続可能」だったそうです。こうしたヨーロッパの職人たちの働き方を目の当たりにして、田村さんは帰国後に働き方を変えようと決意しました。

田村さんのパン屋では、以前は40種類以上のパンを焼き、毎日ごみ袋2袋分のパンを捨てていました。しかし、帰国後はこのやり方をガラリと変え、パンは日持ちする4種類に絞り、働く日も少なくしたのです。さらに、パンを買うことができるのは、取引のある法人のお客様と、事前に予約した個人のお客さまだけ。こうすることで、パンのロスは発生せず、休みも増えました。

そして、何よりも、この方法に変えてから売上は下がるどころか、以前よりも高くなる場合もあったそうです。

「食品ロスを減らすと経済が縮むから減らしてはいけない」という意見をよく聞きます。でも、本当にそうなのでしょうか。

田村さんの事例を見ていると、2015年秋からパンを1個も捨てなくなったのに、売上は同じ、もしくは増えています。食品ロスの「リデュース(Reduce:廃棄物の発生抑制)」に取り組むことによって、経済的な成果もきちんとあげているのです。しかも、働く人が幸せなら、他に何が必要でしょうか。

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写真:株式会社office 3.11撮影

SDGsの概念は、ウェディングケーキモデルと呼ばれる構造で説明されることがあります。このモデルによると、一番下の土台に自然環境、2段目に社会、3段目に経済を置かれることで、自然環境があってこそ、社会は成り立つことがわかります。そして、自然からの恵みがあってこそ、我々は一番上の段の経済を循環させることができるのです。

自然環境から得られる資源を大切にし、持続可能な社会と循環経済を実現するためには、環境配慮の原則である3R(スリーアール)のうち、「リデュース(Reduce)」を最優先に取り組むことが大切です。

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画像出典:Stockholm Resilience Centre

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プロフィール
井出留美(いで・るみ)
食品ロス問題ジャーナリスト。2016年の国会議員向け講演会をきっかけに食品ロス削減推進法の成立に貢献。『賞味期限のウソ』(5刷)ほか著書多数。第二回食生活ジャーナリスト大賞(食文化部門)/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。
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