2020年7月15日

【前編】日本のマグロを守りたい!

フードジャーナリスト 佐々木ひろこ

東の大間に西の壱岐。日本有数のマグロの産地と知られる長崎県壱岐市に、「壱岐市マグロ資源を考える会」を立ち上げたマグロ一本釣り漁師たちがいる。彼らと交流を続けているのがジャーナリストの佐々木ひろこさんだ。激減するまぐろの現状を憂い、現場のレポートを続けている。マグロ漁師たちの声を聞くために今年もまた壱岐へ向かった。

文・撮影・佐々木ひろこ 写真提供・壱岐市マグロ資源を考える会 編集・神吉佳奈子

マグロ漁師に会いに、壱岐へ

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島に二つある港のうち、こちらは芦辺港。拍子抜けするほど小さい分、船のタラップを降りて1分も歩けばレンタカーに乗り込める

福岡・博多のフェリーターミナルから高速ジェットフォイルで約1時間。群青色の水面を滑るように走っていた船は、水先に小さな島影を認めてゆっくりと速度を落とし始めた。窓の外に踊る波が、春の日差しを受けてきらきらと輝いている。頭上にはたくさんのカモメが円を描いている。島影は見る間に大きくなって、エンジン音がいっそう低く響いたと思うと、船内アナウンスが甲高い声で入港を告げた。

ここは長崎県・壱岐島。九州の北、朝鮮半島を望む玄界灘に浮かぶ、南北17Km、東西14kmの小さな島だ。温暖な気候や平坦な土地から畜産や農業も盛んだけれど、島の基幹産業といえばやはり漁業の存在が大きい。島に生きるマグロ漁師に会うために、私が初めて壱岐を訪れたのは3年前。それ以降、縁あって毎年のように彼らを訪ねている。

島の東部にある芦部港で下船すると、レンタカーのハンドルを握り北端の勝本町を目指して走る。一般にはあまり知られていないけれど、勝本はほんの少し前まで、青森・大間に並び称される一本釣り本まぐろの産地として名高かった港だ。好漁場に恵まれ、腕のいい漁師たちがていねいに釣って的確に処理した勝本の本まぐろは、築地の目利きの支持が厚いブランドまぐろに成長し、2012年冬のセリで最高値をつけたことも記憶に新しい

壱岐からマグロが消えていく......

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クロマグロが餌を求めてジャンプするシーン。主な餌はトビウオ、サンマ、マイワシ、イカ。撮影:茂木陽一

ところでこの近海本まぐろは、正式種名を「太平洋クロマグロ」という。数あるマグロの中でも大きさ、味わい、もちろん値段の上でも最上級。美味しい時期にきちんとした手法で漁獲し、的確な処理をすれば「黒いダイヤモンド」になるマグロの王様だ。

日本人なら誰もが大好きなこの太平洋クロマグロが、この数十年で激減していることは時折メディアで報道されるけれど、その深刻度が広く伝わっているとは言い難い。2016年時点の水産庁データによると、太平洋クロマグロは、手付かずだった時代のなんと3.3%の数しか残っていないのだ。96%が海から消えた結果、20147月にはIUCN(国際自然保護連合)によって絶滅危惧種に指定されている。

この危機に、まさに直面している海のひとつが壱岐だ。近年、豊洲市場のマグロのセリで勝本産のタグを目にできる機会は滅多にない。島の周辺からマグロの群れが激減し、ほとんど釣れなくなってしまったからだ。

2005年に358トンあった勝本町のクロマグロ総漁獲量は、上記の2014年にはたった23トン。9年間で15分の1にまで落ち込み、それ以降も状況は悪化の一途にある(勝本漁協の漁獲データは、2014年を最後に非公開のため、漁業者の体感値)。漁業がベースでは生活が立ち行かず、船を捨てることを決める漁師が後をたたない。

腕ききの一本釣り
マグロ漁師たちが立ち上がった

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壱岐市勝本町にある勝本漁協。昔は組合員800名を数えたが、今は300名ほどにまで減っている。そのうちまぐろ漁師は150名ほどだ

快晴の空のもと車は順調に走り、予定どおりの時刻に勝本町に入った。丘を越え、坂を下る先に海がちらりと見えたと思うと一気に視界がひらけ、ほどなく勝本漁港に滑り込む。係留中の漁船が並ぶ一角、「壱岐市マグロ資源を考える会」のプレハブの前にゆっくり車を停めた。

「こんにちはー」
「おう、いらっしゃい」
「久しぶりやね」

事務所の引き戸を開けると、一年ぶりの笑顔が並んでいる。挨拶を済ませ、長テーブルの脇に腰を下ろすと、「あ・うん」の呼吸でコーヒーが前に置かれるのもいつもどおり

「壱岐市マグロ資源を考える会」は、地元の英雄との名声高い腕利きマグロ漁師、中村稔会長を中心に、壱岐市内の一本釣り漁師347名が集まって設立した団体だ。「これ以上マグロが減ったら皆、漁師を続けていけない」という危機感を募らせた中村さんが、2013年に島じゅうを走り回り、一人ひとりを説得して多数の漁師を束ねた。

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「壱岐市マグロ資源を考える会」事務所で。正面は中村稔会長、左手が尾形一成副会長(左手)、右奥は広報の富永友和さん

産卵期の親マグロを守りたい

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「壱岐市マグロ資源を考える会」のパンフレット

「考える会」のパンフレットの表紙には、「持続可能な漁業のために、産卵期の漁獲制限を国に求める」とある。クロマグロの数を増やすため、まずは母魚が産卵できる環境を整えてほしいという国への要望は、逆を返せば今その状況にないということだ。

驚くことに、現在日本のクロマグロの水揚げは、産卵期(5月〜7月)に最も集中している。産卵期をメインにマグロ漁をする"まき網"という漁法で獲られる魚が全体の6割以上、30kg以上の成魚では2/3以上の量を占めるからだ。

クロマグロのまき網とは、5隻ほどの船団を組み、海に円状の大きな網を広げ、それを一気に絞って魚を獲る漁法で、大きな網だと直径1km内に泳ぐ数十トンもの魚を一網打尽にすることができる。産卵時は水面近くに集まりゆっくり泳ぐクロマグロを、この漁法ならたやすく効率的に巻き獲れるため、初夏のこの時期には産卵場所近くで、多くの船団が群れを待ち構えるのだ。(※1)

2015
年以降に政府が導入してきたクロマグロの管理方針でも、大中まき網漁業者に対して公平さに疑問符がつく大きな漁獲枠が配分されてきたため、卵を抱えた母マグロの大量漁獲は変わらず続いている(※2)。

しかし、まき網で袋状に持ち上げられたマグロはお互いの重みでつぶれ、身が傷みがちだ。さらに血抜きや神経締め等のていねいな処理ができない以上、残った血は生臭さを生み、身ヤケで変質もしやすい。そして何より産卵期の魚は卵に栄養がわたり、身が痩せて味が落ちている。夏はそもそも、マグロがおいしくないのだ。

そのため、この時期に獲られたまき網マグロはセリでも買い手がつかず、破格の安値で取引されることが多い。冬の一本釣りやはえ縄のクロマグロなら、キロ単価1万円を超えるのが当たり前なのに、夏の鳥取・境港の水揚げ単価はキロ1,200円前後(※3)。

57月に、スーパーの安売りや回転寿司の特価マグロをよく見かけるのはこういった背景からだ。それでも売れない場合には、なんとペット用缶詰に使われることすらあると聞くと言葉がない。

しかし、嘆いてばかりはいられない。まぐろの未来を考える人が一人でも増えるように、壱岐でマグロ資源を守る漁師たちの声に耳をかたむけほしい。彼らの真剣な取り組みをこの機会にぜひ知ってほしいと願っている。

※1:水揚げは鳥取・境港や宮城・塩釜が多い。

※2:「大中まき網漁業(全国で13漁業者)」と「それ以外の沿岸マグロ漁業者(約2万人)」で配分される。配分率は毎年少しずつ変動はあるが、およそ成魚(30kg以上)の場合は「2〜3:1」、未成魚(30kg未満)は「1:1」など。

※3:2020年は、7月6日現在で境港の水揚げ量1,026トン。キロ単価は例年に比べ少し高めで1,421円。

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かつて、中村会長が竿一本で釣り上げた312kgの本まぐろ。しかし、昨年は200kg超えがたったの3本のみ。300kg超えのまぐろが、勝本漁港に水揚げされる光景は久しく見られなくなった。

(後編につづく)

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プロフィール
佐々木ひろこ(ささき・ひろこ)
食文化やレストランをメインフィールドに雑誌等に寄稿するフードジャーナリスト。2017年にChefs for the Blueを創設し、後に社団法人化。代表理事として東京のトップシェフ約30名とともに海洋資源の保全に向けた啓蒙活動に取り組み、様々なイベントを実施している。
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