2020年1月14日

シリーズ キレイゴトぬきの第一次産業 「 勝川俊雄先生と考える私達が食べる魚と日本の漁業」勉強会レポート

環境コンサルタント 荒井里沙

「食べ物のこと、一次産業のこと、いろんな説が飛び交うけど本当のところはどうなのよ?」
食べる人、料理をする人、つくる人、運ぶ人が共にフラットに学ぶ場をつくるべく、「久松農園」久松達央さん&「The Burn」米澤文雄さんによる「キレイゴトぬきの第一次産業」勉強会が始まりました。
第1回の勉強会に参加したリサ(連載「クールなエシカル」担当)からのレポートです。

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第1回は2019年12月15日に「私達が食べる魚と日本の漁業」をテーマに、東京・青山一丁目の「The Burn」にて行われました。約30名の参加者が集まり、東京海洋大学准教授の勝川俊雄さんの講義に耳を傾け、ディスカッションをしました。

農業や漁業といった一次産業は、周りに知人でもいない限り、実情が見えてこない産業ではないでしょうか。勝川さんは、そうした産業の情報の閉鎖性から、一部の偏った情報が一般にまかり通ってしまう傾向があると指摘します。
「日本の漁業ではいったい本当は何が起きているのか?また、それをどう克服できるのか?」
勝川さんが、こうした問いに対する答えを導き出していきます。

世界の水産業は成長している。一方で日本は?

「実は世界的には『乱獲』は解決済みの問題。どちらかというと温暖化などに関心がシフトしているんです」と勝川さん。
世界全体で見ると、漁業をはじめ水産業は天然魚・養殖魚ともに成長トレンドにあり、衰退している国は稀です。

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日本と世界の漁業生産(出典:FAO FISHSTAT)

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日本と世界の養殖生産(出典:FAO FISHSTAT)

しかし、日本では魚が獲れなくなってきているのです。
それはどうしてでしょう?

勝川さんは、問題の根源は日本政府が適切な漁獲規制をしないことにあると言います。
日本は高度成長期からずっと、漁業政策の基本方針を変えていませんでした。その方針とは、「漁業者を応援して、できるだけ多くの魚を獲る」というもの。この方針は、高度成長期から70年代までは機能していたものの、80年代に入り暗雲が立ち始めます。効率的な漁法の発達や熾烈な漁獲競争により魚を獲りすぎてしまい、漁獲量が減少しだしたのです。

今や漁業者の9割が減少を実感し、2050年にはゼロになるようなペースで漁獲量が直線的に減少しています。日本の漁業はいま、危機的な状況にあるのです。

「乱獲をやめればいい」が通用しないワケ

ここまでの話を聞いて、こう思ったかもしれません。
「魚の獲りすぎが原因であることがわかっているならば、漁業者が自主的に乱獲を止めればいいのでは?」
理論的にはその通りなのですが、漁業者が自主的な水産管理に踏み切れない実情があります。

勝川さんは、乱獲は個人の問題でなく、仕組みの問題だといいます。意識の高い漁業者がいくら漁獲量を制限しても、日本では漁獲量の規制がないために、他の漁業者の漁獲量が増えるだけで、単なる「一人負け」になってしまいます。

水産管理の規制や仕組みがないため、漁業者個人には多く獲るか、獲らずに廃業するかという選択肢しかありません。。そのため、日本の漁業者は「魚が減る→努力して獲る→さらに魚が減る」のループから抜け出せなくなっているのです。

しかし下で述べるように、世界の事例は、乱獲をしないような水産管理を国家が行うことで資源量が回復することを示しています。個人の裁量で管理ができないのであれば、政府が介入して資源管理をすることが必要であることは明らかです。

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これからの漁業は、資源管理とマーケティング

戦後の日本漁業は、「公海自由」と「食糧難の解決」を旗印に、「獲れるだけ獲る漁業」がスタンダードとなっていました。当時は、それでよかったかもしれません。しかし、明らかに水産資源が枯渇しているいま、日本も漁業の方針を変えていく必要があります。

その方針とはすなわち、資源管理とマーケティングであり、他国はとっくにこの方針にシフトしていると先生は指摘します。例えばノルウェーは国策として漁業に資源管理とマーケティングの戦略を組み込み、見事成功しています。よく目にするノルウェー産のサバも、彼らの成功事例の一つです。ノルウェーのサバは、日本人好みによく肥えたタイミングに水揚げされ、高価格で日本へ輸出されています。つまり、資源管理だけでなく付加価値戦略も実現しているのです。

実は、漁獲規制が有効であることは日本でも証明されています。2011年の福島第二原子力発電所の事故に伴う禁漁で、福島沖のヒラメの資源量が増えたのです。とはいえ、「獲れるだけ獲る」がポリシーである以上、せっかく回復した資源も一時的なものに留まってしまったそうです。

一時的な痛みは、長期的な豊かさを生み出す

日本の水産資源を回復するためには、漁獲を一時的に減らす必要があります。しかし、漁業者に不利な政策が果たして実行できるものでしょうか。実際に資源管理を行ったノルウェーやニュージーランドでは、やはり当初、漁業者は資源管理について大反対だったそうです。しかし、5年もしないうちに資源量が回復し、漁業環境は以前より改善されました。その体験から、いまやほとんどの漁業者が資源管理に賛成の立場を取っているといいます。

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たしかに、禁漁や漁獲管理は漁業者にとっての痛みであることは間違いありません。しかし、一時的な痛みが未来の漁業を豊かにすることを考えれば、今打つべき対策は明らかではないでしょうか。

しかし、日本政府の「水産基本計画」では、「翌年から漁獲量をV字回復」するという現実不可能な見通しを謳うばかりで、資源回復のための措置は採られませんでした。予算のうち資源管理に当てられた資金はわずか1%に過ぎず、漁業の構造的な問題は看過されたままになっています。

例えるなら、日本の漁業は未だ「現金つかみ取り大会」の様相ですが、海外の漁業は「枚数制限あり」というルールがあるのです。しかし、日本の漁業政策もいよいよ変わろうとしている兆しがあります。それが、2018年の「漁業法改正」です。

漁業法の改正は、問題解決になるか?

2018年、70年ぶりに日本の「漁業法」が改正されました。その中には、国が責任をもって資源の持続的な管理を行うことが明記されていて、大きな前進といえるでしょう。しかし、漁業法の改正によって、日本の漁業が抱える諸問題がすぐに解決するわけではないようです。

改正された法が実運用されれば、日本の水産資源が回復する見込みはたしかにあります。しかし、法改正しても現実社会に反映されるかは別問題です。一時的に漁獲量を削減するための予算が確保されていないので、これまで通りの漁獲が継続できるような過剰な漁獲枠が設定される可能性もあります。実効性を持って取り組まれるか否かは、漁業関係者に限らない、様々なセクターからの参加が鍵となっています。

日本の漁業を未来につなぐために

なるほど、今の日本の漁業には問題が山積みです。次々と提示される問題の根深さを前に、参加者からは「日本の漁業はジリ貧でいくしかないのか」というネガティブな声もあがりました。それに対し勝川さんは、課題の複雑さを認めた上で、その課題を解決するために活動に励んできたと応えます。

「例えば今回の法改正にとっても、全て問題が解決されるわけではありませんが、解決のための第一歩となっていることも事実です。ただ現状を看過するのでは悪化の一途を辿るだけならば、思いつくことをやってみることが大切だと思います」

適切な資源管理とマーケティング戦略が実施されれば、漁業がビジネスとして再興することも十分あり得ると先生はいいます。「未来につながる漁業」のために、悲観しすぎず、しかし冷静に、今できることに取り組む。日本全体の課題だからこそ、研究者や一部の漁業者だけでなく、魚を食べる私たちも一緒になって頭を悩ませる必要があるはずです。豊かな日本の水産資源を未来につなげていくために、日本の漁業のいまに向き合っていきませんか。

次回は、勝川さんと久松さんが同じテーマをさらに掘り下げ、日本の漁業の改革をどう進めていけばいいか、消費者としての私たちに何ができるかなど、具体策について参加者同士のディスカッションも充実させて開催予定です。ご興味のある方はぜひ参加してみてください!

シリーズ みんなで学ぶキレイゴトぬきの第一次産業  第2回
勝川俊雄先生と考える私達が食べる魚と日本の漁業②

2020/1/26(日)  北青山 The Burn
http://salt-group.jp/shop/theburn/
参加費3000円(コーヒー付)定員30名
13:30 受付開始
14:00 トーク・討論
16:30 終了
☆どなたでもご参加頂けますが、勝川俊雄さんの『魚が食べられなくなる日』に目を通してご参加ください。

お申し込みフォーム:https://zfrmz.com/L7iH5Hx8EN8km5KV7odi
※お申し込み・お支払いの完了を以て受付となります。FBイベントページの参加をクリックしても受付となりませんのでご注意ください。

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プロフィール
荒井里沙(あらい・りさ)
環境コンサルタントののち、現在オランダにてサステナビリティの勉強中。食に興味があり、こだわって作られた食材や美味しい料理には目がない。趣味は旅とフラメンコ。
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