2019年8月30日

東京でアニマルウェルフェアな牛乳 【磯沼牧場 第1回】

スープ作家 有賀薫

サスティナブルシーフード、フェアトレード、アニマルウェルフェア......、
ちょっと聞きなれないエシカルなことばを、もっと身近に。

人気のスープ作家、有賀薫さんと一緒に
産地を訪ねて、わたしたちのたべものについて考えました。
有賀さんと一緒に月に一度、食のエシカルをはじめませんか?

第一回は、東京・八王子にある磯沼ミルクファームを訪ねました。

文・有賀薫(スープ作家) 撮影・柿本礼子 編集・神吉佳奈子

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東京・八王子にある磯沼ミルクファーム。牛や羊が草を食む風景が広がる。放牧地では生まれて1年以内の育成牛がフレッシュな牧草を食べて運動し、健康的にのびのびと育っていた。

毎日飲む牛乳、
どう選んでいますか?

私はスープを365日作っています。スープ作りにおいしいミルクは欠かせない。でも実際はスーパーでなんとなく選んでいました。高い牛乳ならおいしいかと買ってはみるものの、正直なところ、選び方も味わいの違いもよくわからないまま手にとっていました。

そんなとき「有賀さん、アニマルウェルフェアで育った牧場が東京にあるんです。行ってみませんか」とお誘いいただきました。アニマルウェルフェアという言葉自体もあやふやですが、百聞は一見にしかずです。

平日の朝、混雑の通勤電車と反対方向の京王線に乗り込み、新宿から1時間。駅から10分も歩かないうちに、磯沼ミルクファームは現れました。朝からの雨も上がり、青々とした牧草地に牛たちが歩きまわり、自由に草を食べています。

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東京都内の酪農家は47軒。そのうちの一軒、磯沼ミルクファームは1952年創業した2haの小規模の牧場だ。二代目の磯沼正徳さんが、全国に先駆けて、家畜福祉=アニマルウェルフェアに取り組む牧場として注目を集めている。

アニマルウェルフェア(Animal Welfare)......

ヨーロッパで急速に法令化が進む飼育基準。畜産動物の5つの自由が確立された、Welfare(満たされて生きる)な飼育法で、日本では「動物福祉」や「家畜福祉」と訳される。5つの自由とは、①空腹と渇きからの自由 ②不快からの自由 ③痛みや傷、病気からの自由 ④正常な行動を発現する自由 ⑤恐怖や苦悩からの自由。つまり、動物がストレスから自由で健康的な生活ができ、動物と人間の幸せな関係を構築した畜産のあり方である。

牛舎では日焼けした顔にデニムのつなぎが似合うオーナーの磯沼正徳さんが出迎えてくれました。おなじみの黒と白のホルスタインだけでなく、ここではジャージーやブラウンスイスなどさまざまな品種の牛が一緒にされているのが新鮮です。「乳量ではホルスタインがダントツ。でもやはり種の多様性を大切にしたい」という磯沼さんの思いから。白、薄茶色、褐色。牛たちの体の色が薄暗がりの牛舎の中に美しいグラデーションを作っていました。

東京のどまんなかで
循環型シティーファーム

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牛舎の前で、磯沼正徳さんと有賀薫さん、そして牛たちも一緒にハイポーズ! 牛舎に放牧された搾乳牛は、ホルスタイン、ジャージー、ブラウンスイス、エアシャー、ガンジーなど5種。繋がれることなく、コーヒー粕床の上に寝転んだり、歩き回ったり、干し草を自由に食べていた。

牛舎全体に、ほんのり甘い香りがします。敷材として使われているのは、近郊の工場から引き取ってくるカカオ殻やコーヒー皮。触ってみるとサラサラです。敷材が清潔だと糞尿もその中に包まれてしまって匂わないとか。毎朝、スタッフによってベッドメイキングします。

「乾いた気持ちのよい環境で育てると、きれい好きな牛になる。濡れたところに座りたがらないから、お尻が汚れないわけです」

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敷材、つまりベッドメイキングに使うコーヒー工場からもらうコーヒーダスト。そのほか、エコフィードと呼ばれるカットフルーツの皮、コエドビール産の麦汁を絞った麦、もやし工場の余りもやしの絞ったもの、八丁味噌の粕など各地の工場から、食品ロスを飼料に積極的に使っている。一昨年エコフィード優良事例発表会で、最優秀賞受賞農水省生産局長賞受賞。

エコフィード(Eco Feed)......

野菜や果実のくず、おからやパンくず、麺くず、ジュース工場の搾り粕や酒粕、ビール粕など、食品工場から出る残さや食品廃棄物を利用した家畜用飼料のこと。循環型社会と飼料自給率の向上のため、eco(環境)feed(飼料)の取り組みは各地ではじまっている。

牛と人間の幸せな関係が
おいしいミルクをつくる

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通常の牛舎では牛を鎖につないで身動きできないまま餌を与え続けるが、磯沼さんの牛たちは干し草やエコフィードを自由に食べ、好きなところで休むことができる。乳牛の命の尊厳と自主性を尊重した牧場、アニマルウェルフェアな酪農を実現している。

言葉通り、触ることに躊躇がないほど牛たちの毛並みは清潔で、人にも慣れています。おーいユウちゃん、こっちにおいでーと磯沼さんが呼ぶと、ユウちゃんがゆったりした足取りで近づいてきます。名前を呼びつつ手を伸ばして顔を触ると、ザラザラした舌で手をなめ返してくるのが、とても可愛い。

「牛は群れで動く生き物。人とふれあって、彼らも癒されているんですよ」

牛の癒し。その言葉を聞いたとき、ここでは人と牛が仲間であり、同じ目線にあるのだとはっきり感じました。

何にもつながれずに自由に歩き、好きな時間に好きなだけ食べ、糞をして、咬み返しをしながら気が向いたらゴロンと横になる。牛的ナチュラル・ライフ。穏やかな顔つきをした牛たちの牛乳、飲んでみたくなりました。

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磯沼さんが大きな声で名前を呼ぶと、遠くからゆっくりと歩いて近寄り、撫でてくれと顔を突き出してくる。
生まれたときから人間との信頼関係をしっかり作る飼育法を実践しているからこそ。磯沼ミルクファームは、人も牛も幸せに生きる場所なのだ。

esoup_6211298P6211298_isonuma1_3.jpg磯沼ミルクファーム(磯沼牧場)
東京都八王子市小比企町1625
TEL
042-637-6086
京王高尾線山田駅から徒歩10
http://isonuma-farm.com/

※毎週日曜日は牧場案内ツアーと牛乳の試飲付き乳搾り(700円)体験教室を開催(要予約)。週末は、ハムやチーズ作り、バーベキューなど、都会の牧場ライフを楽しむ参加型イベントを企画している。売店では、牛乳やヨーグルトのほか、アイスクリームも販売。

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プロフィール
有賀薫(ありが・かおる)
受験生だった息子の朝食にスープを作りはじめたことをきっかけに、365日毎朝のスープをSNSに投稿。旬の野菜を使ったシンプルなレシピが反響を呼び、書籍化に。「スープ・レッスン」(プレジデント社)に続いて、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(分響社)などのレシピ本を手掛け、ライター業から転身。スープ作家として、実験イベント「スープ・ラボ」のほか、テレビや雑誌などで活躍の場を広げている。
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