2024年2月19日

食品ロス対策のキーワード「寄付者の免責」をもっと知ろう!

食品ロス問題ジャーナリスト 井出留美

今や、多くの人が食品ロスの問題に関心を持っていることでしょう。食品ロスは「もったいない」だけではなく、環境問題としても重要です。では、食品ロスを減らすためには、一体どのような取り組みが社会に広がらなくてはならないのでしょうか。食品ロス問題ジャーナリスト・井出留美さんのナビゲートで、我々がお手本とすべき食品ロス削減の"最前線"をご紹介します。

食品ロス削減のためのキーワード
「寄付者の免責」とは何?

私が食品ロス問題と関わるようになったのは、今から16年前、2008年のことでした。当時、勤めていた食品企業の米国本社から、フードバンクを紹介されたのです。

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英国のフードバンク、Fare Shareで食料をトラックに積み込む職員(筆者撮影)

フードバンクというのは、まだ十分に食べられることができるにもかかわらず、賞味期限の接近など、さまざまな理由で商品として流通できない食品を、必要な組織や個人へとつなぐ活動、あるいはそのような活動をおこなう組織のことを指します。

私が勤めていた食品企業の米国本社は、すでに30年近く、フードバンクへの寄付を続けていました。多くの食品メーカーでは、販売できない食品については自社がコストを負担して、食品リサイクル法にもとづきリサイクルしています。でも、寄付すれば、そのリサイクルするコストはかかりません。配送費の負担だけで済み、しかも寄付することで社会貢献になるのです。
そこで私の勤めていた企業では、米国本社の薦めもあり、2008年3月からフードバンクへ食品を寄付するようになりました。

当時、日本でフードバンクへ寄付する企業はほとんどなかったように思います。というのも、日本では、万が一の食品事故が起こった場合に寄付者の責任を問わない免責制度がないからです。

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2011年4月、3.11東日本大震災の食料支援で宮城県石巻市に支援食料を下ろす筆者(関係者撮影)

米国は、1967年に世界で初めてフードバンクが始まった国です。米国では、寄付された食品が原因で、万が一、意図せざる事故(たとえば食中毒など)が起きた場合でも、寄付が善意にもとづく行為である場合、寄付者の責任を免除されます。こうした善意による行為について責任を問わないことを定めた法律は、聖書に由来して「善きサマリア人(びと)の法」とも呼ばれています(*1)

免責制度があるのは米国だけではありません。英国やオーストラリア、ニュージーランド、韓国などにも同様の免責制度があります(*2)。ただしフランスでは、損害を与えた責任者は損害を償わなければならないため、フードバンク団体は保険に加入しています。

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英国のフードバンクに運ばれてきた生鮮食品(筆者視察時、関係者撮影)

ニュージーランドは、2014年に制定されたニュージーランド食品法(Food Act 2014)(*3)により、免責条項である第352条が導入されました(*4)。これは「善きサマリア人条項」と呼ばれており、食品企業は売れ残った食品などを寄付もしくは譲渡することができ、その食品が安全で食べるのに適していればいかなる責任からも保護されると明記されています。

以前のニュージーランドでは、食品企業の工場やスーパーが寄付を躊躇う傾向がありましたが、2014年の免責制度導入により積極的に寄付がおこなわれるようにおこなうようになったそうです。

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日本の寄付食品の一例(筆者撮影)

免責制度は日本でも広がるか

日本でも、このような免責制度を導入してほしいという声は10年以上前からありました。私もフードバンクの広報を務めていた2012年、省庁のヒアリングで提言しています(*5)

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フードバンクシンポジウムで発表する筆者(関係者撮影)

日本政府は食品寄付における免責制度の導入を議論しており、全国紙も「食中毒など起きても事業者は免責...」と2023年6月に報じました(*6)。しかし、半年後の同年12月には、この制度導入の見送りが決まったことが報じられました(*7)。「管理がずさんな食品が寄付されるなどのモラルハザードが起こりかねない」という意見が考慮されたためです。

2008年から食品ロス問題に関わって16年。当時から比べれば、食品ロス問題に関する認知度は高まりましたが、つくづく日本は「ゼロリスク」を好む国だと感じます。

日本の食料自給率は38%。地震や津波などの自然災害は毎年のように発生しており、2024年1月1日には石川県の能登半島で大規模地震が発生したばかりです。
今ある食資源を最大限に活用するために、免責制度はもちろん、緊急時の3分の1ルール(納品期限や販売期限)の一時とりやめや、賞味期限や消費期限の理解の浸透など、やるべきことは多数あるのではないでしょうか。

参考情報

(*1)諸外国における⾷品の寄附の実態等に関する調査業務 報告書(みずほ情報総研株式会社、2021年2月)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/information/food_loss/efforts/assets/consumer_education_cms201_220609_01.pdf

(*2)Good Samaritan Clause(Nourished for Nil)
https://www.nourishedfornil.org/food-safety#:~:text=However%2C%20the%20New%20Zealand%20Food,safe%20and%20suitable%20to%20eat.

(*3)Food Act 2014
https://www.legislation.govt.nz/act/public/2014/0032/75.0/DLM2995811.html

(*4)Immunity for food donors(Food Act 2014, 352)
https://www.legislation.govt.nz/act/public/2014/0032/75.0/DLM5431609.html

(*5)食品リサイクル法に関連する現状と課題、見直しに向けた提言(井出留美、2012)
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokusan/recycle/h24_02/pdf/doc2.pdf

(*6)「食品ロス」削減へ、食中毒など起きても事業者は免責...フードバンクへの食料提供を後押し(読売新聞、2023/6/21)
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20230621-OYT1T50178/

(*7)食品寄付促進へ指針、事業者免責は見送り 食品ロス対策(日本経済新聞、2023/12/22)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE20B8G0Q3A221C2000000/

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プロフィール
井出留美(いで・るみ)
食品ロス問題ジャーナリスト。2016年の国会議員向け講演会をきっかけに食品ロス削減推進法の成立に貢献。『賞味期限のウソ』(5刷)ほか著書多数。第二回食生活ジャーナリスト大賞(食文化部門)/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。
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