2024年2月 5日

なぜヨーロッパで農家デモが広がっているのか?「EUの理念」をめぐる分断の行方

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食や農業をめぐり、世界では今どのような議論がされているのか。日本が注目するべき世界の農業ニュースをお伝えします。

2024年の幕が開けて以降、ヨーロッパで農家によるデモ活動が広がっている。

ことの発端は、2022年末にドイツで始まった農家による大規模な講義活動だった。ドイツ政府が農機具に広く使われる軽油補助金を廃止する方針を決めたことに反発し、トラクターなどを駆使した農家のデモ活動がドイツ各地で発生。ベルリン中心部のブランデンブルク門前の道路もトラクターによって封鎖された。

そして、このドイツでのデモ活動が"火元"となり、他のEU加盟国にも農家のデモ活動が飛び火している。現在までにドイツ、フランス、ベルギー、スペイン、ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、ルーマニア、ポーランド、リトアニアの計11のEU加盟国で農家によるデモ活動が展開されており、EU域外ではスイスでも同様のデモ活動が確認されている

こうしたデモ活動の一部は過激化の様相を呈しており、2月1日にブリュッセルでEU臨時首脳会談が開催された際には、農家らが欧州議会を取り囲み、建物に向かって卵や石を投げるなどの行為に及んだ

では、一体なぜヨーロッパで農家デモが広がっているのだろうか。

農産物価格への不満

まず農家にとって不満のタネとなっているのが、農産物価格が低すぎることへの不満だ。

2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略以降、日本以上に食品価格が高騰しているヨーロッパだが、それでも肥料コストなどの上昇分を十分に小売価格へ転嫁することはできていない。その結果、肥料代の高騰などに苦しむ農家らの負担は増えており、ドイツで軽油補助金の廃止に対する抗議が広がった背景にもこうした事情がある。つまり、ただでさえ肥料代や燃料代が苦しい状況にもかかわらず、燃料に対する補助金の廃止が決定されたことで農家の憤りはついに一線を超えたのだ。

「厳しすぎる」環境保護の要件

EUならではの環境保護政策も農家からの反発を招いている要因だ。

欧州グリーンディールのもと、高い環境保護の目標を掲げるEUでは、農家に対しても環境保護の取り組みが求められている。たとえば、EUでは農家が補助金を受ける場合、農地のうち最低でも4%以上の面積を休耕地にあて、生物多様性を保護することが義務化されている。

ロシアによるウクライナ侵略以降、農業経営が厳しくなるなかで、こうした環境保護要件が課されることには反発が強い。EU側も2023年いっぱいまでは上記の休耕地要件の運用は停止していたが、2024年からは運用が再開される予定だった。2024年に入り農家デモが拡大した背景には、こうした環境保護要件の運用をめぐる問題もある。

(なお、農家デモが拡大したことを受け、1月31日には休耕地要件の運用停止延長が決まっている

輸入農産物との不利な競争

EU域内の農家には高い環境保護のハードルを突きつける一方、同時にEUは域外産の安価な農産物を輸入している。そして、このことがEUの農家の不満をさらに高める要因となっている。EUの農家にとって、環境保護を考慮しない条件で生産された安価な域外産の農産物との競争を強いられることは不利な環境と認識されているためだ。

EU側も、森林破壊によって整備された農地で生産された農産物の輸入を禁止する規制の施行などは進めているが、域内の農家に求めるハードルが高い分、域外産の農産物を輸入することへの農家の不満は大きい。

「EUの理念」をめぐる政治の分断

ヨーロッパ各地に農家デモが広がるなか、懸念されるのが政治的分断の深刻化だ。ドイツのオズデミル農相は、国内で激化する農家デモを念頭に「これは危険な政治的分断であり、アメリカのような状況につながるおそれがある」と指摘したと報じられている

この発言でオズデミル農相が意識したのは、おそらく2020年の大統領選挙をめぐり議事堂占拠にまで至ったアメリカの政治的混乱だろう。ヨーロッパでは環境保護などのEUの根幹をなす理念のあり方をめぐり、農家らと環境保護派との分断が深まっている。2023年3月に実施されたオランダの上院選では、極端な環境政策からの農家保護を党是に掲げる「農民・市民運動党」が最大の議席数を獲得し、上院第1党に躍り出た。

EUでは2024年6月に欧州議会議員選挙が予定されている。この一大政局を前に、各国の極右勢力は環境保護を重視するEUの姿勢に反発する農家票の取り込みを図っていると指摘されており、今回の農家デモを機に政治的な分断がEU全体へ広がるおそれもある。

これまでEUは有機農業を強く推進するなど、「エシカルな食の探求」において世界の先頭を走ってきた。しかし見方を変えると、そのことは農家に高い環境保護の目標を突きつけ、農家の不満を蓄積することにつながっていたのかもしれない。「持続可能なフードシステムの実現」というEUが掲げる農業政策の目標はどこへ向かうのか。その行方が注視される。

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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