2023年8月20日

郵便配達のついでに食品回収?米国の飢餓撲滅(Stamp Out Hunger)運動とは

食品ロス問題ジャーナリスト 井出留美

今や、多くの人が食品ロスの問題に関心を持っていることでしょう。食品ロスは「もったいない」だけではなく、環境問題としても重要です。では、食品ロスを減らすためには、一体どのような取り組みが社会に広がらなくてはならないのでしょうか。食品ロス問題ジャーナリスト・井出留美さんのナビゲートで、我々がお手本とすべき食品ロス削減の"最前線"をご紹介します。

郵便配達員が食品を回収
Stamp Out Hungerとは

米国には、郵便配達のついでに、配達員が家庭で余っている食品を回収してくれる取り組みがあります。毎年5月の第2土曜日、年に一回だけの取り組みで、郵便の切手(Stamp)と、飢餓(Hunger)を撲滅する(Stamp Out)を掛け言葉にして「スタンプアウトハンガー(Stamp Out Hunger)」と呼ばれます。直訳すると「飢餓撲滅」すなわち「空腹をなくそう」といった意味です。

この活動は、30年前の1993年から、郵便配達員の組織であるNALC(全米郵便配達員組合)が全国で続けています(コロナ禍のため、2020年と2021年は寄付金受付のみ)。消費者は、5月の第2土曜日に、食品を袋に入れて玄関や郵便受けのそばに置いておけばいいだけ。郵便配達の人が本業のついでにやるため、余剰食品回収のために余分な人件費をかける必要はありません。運ぶための運送費も、郵便配達のついでにやるから不要。既存の仕組みを活用するのは、まさに「あるものでまかなう生活」と言えるでしょう。

資金不足が課題のフードバンク
米国から学べることは何か

私はこの活動のことを、『フードバンクという挑戦』(大原悦子、岩波現代文庫)で知りました。「フードバンク」は、余っている食品を必要な方に食べていただく、いわばReuse(再利用)の活動。具体的には、まだ十分に食べられるにもかかわらず、賞味期限が迫ってきたものや、ダンボール箱破れなどで商品として流通できないものなどを集めて、食料を必要としている組織や個人に渡す活動、もしくはその活動をおこなう組織のことです。

フードバンクは、食品ロスを生かして困窮者を支援する活動なのですが、日本の場合、その活動主体のほとんどはNPO。活動を継続して成長してきた団体も多いですが、一方で「資金が十分にない」、「インフラが整っていない」、「人材が足りていない」という組織もあります。

私は2008年から食品メーカー社員としてフードバンクへ食品を寄付してきました。その後、2011年3月11日、自分の誕生日に起きた東日本大震災での食料支援活動を機に会社を辞めて独立し、3年間はフードバンクの広報として活動してきました。その中で、NPOがゼロから立ち上げて活動を続けることの難しさを知ったのです。

今でこそ日本にはフードバンクが全国200以上あります。なかには、主婦が自宅で始めたものもあります。その一方で、食品を回収し配達するための車両や倉庫がありません。車を運転し、食料品を管理する人材も必要です。日本の場合、フードバンクは無償でおこなう活動ですが、運営を続けていくためには資金が必要というジレンマがあります。

だからこそ、既存の組織とインフラ、すでにある資源と人材を使って食料品を集めて届ける「Stamp Out Hunger」の活動を、私は持続可能で素晴らしいと思ったのでした。

Stamp Out Hungerは
日本でも出来るのか!?

米国の家庭では、Stamp Out Hungerの日が近づいてくると、案内の葉書が配られます。

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Stamp Out Hungerの葉書(2023年5月実施前に配られたもの、米国在住、市川文恵さん提供)

葉書の裏側には「袋に食品を詰めてください」という案内と、郵便配達員が集めたものが、住まいの地域にあるフードバンクやパントリーなどに届けられることの説明があります。また、この活動に協賛している企業のロゴマークも載っています(私が勤めていた食品メーカーのロゴも載っています)。

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Stamp Out Hungerの葉書(市川文恵さん提供)

保存期間があるため、生鮮食品は提供できないのですが、賞味期限の長いものは歓迎されます。

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寄付される食品の一例(市川文恵さんが2023年5月に寄付したもの)

日本でも、同様の取り組みを行うことは難しいでしょうか。

2016年に出版した拙著『賞味期限のウソ』(幻冬舎新書)で紹介した取り組みに、生活協同組合パルシステム千葉の活動があります。パルシステム千葉は2016年、食品の配達時に届け先の家庭で余剰食品を回収し、地域にあるフードバンクに寄付する「フードドライブ」と呼ばれる取り組みの実証実験をおこないました。この実験には約2,300名の参加者から50kgの食品が集められ、これ以降、パルシステム千葉は定期的にフードドライブを続けています。

兵庫県神戸市も、ダイエーと共同で2017年にフードドライブの実証実験をおこないました。2021年には、この実証実験にサカイ引越センターが加わり、効率的に運搬することができるようになりました。

このようなフードドライブの成功事例もある一方、Stamp Out Hungerには欠かせない物流業界は「それどころではない」状況になってきているようです。

物流業界では「2024年問題」が話題になっています。2024年4月から、トラックを運転するドライバーの時間外労働の規制強化が施行されるのです。これまで規制がなかった時間外労働は、年間960時間となり、年間の拘束時間は3,300時間になります。

トラックドライバーの労働環境改善のためには重要な取り組みですが、「輸送量が減少する」、「長距離輸送ができなくなる」、「給与が減るのでドライバーのなり手が少なくなる」などの懸念もあります。「2024年問題」に対応するため、複数の競合会社が物流を一元化する動きもあります。

郵便業界も同様です。日本では、郵便法の改正に伴い、2021年10月から郵便物の土日の配達が段階的になくなってきています。日本郵便は、この背景について「労働環境の改善や働き方改革」を理由の一つに挙げています。

米国では、地域に密着している郵便配達員が、高齢者の見守りなど、さまざまな慈善活動を本業のかたわら行ってきました。その利他の考え方や奉仕の精神、そして活動を継続してきたことには頭が下がります。ですが、日本では「本業でも大変なところにさらにボランティア業務を」という議論は難しいのかもしれません。

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プロフィール
井出留美(いで・るみ)
食品ロス問題ジャーナリスト。2016年の国会議員向け講演会をきっかけに食品ロス削減推進法の成立に貢献。『賞味期限のウソ』(5刷)ほか著書多数。第二回食生活ジャーナリスト大賞(食文化部門)/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。
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