2023年7月 4日

リジェネラティブ農業を農家はどう感じたか!? みんなで見た「大地再生」の現場

北海道大学大学院農学研究院准教授 小林国之

国際情勢の不安定化や気候変動の深刻化によって、今後の日本の食のあり方が問われています。日本における「食の安定」のためには一体何を議論するべきなのか。この疑問に対して、北海道で日々農業の最前線を見てまわる小林国之先生(北海道大学)は「リジェネラティブ農業が大切」と語ります。今回は、農家の皆さんとリジェネラティブ農業の現場を視察された小林先生に、その視察ツアーの模様をレポートしていただきます。

総勢40名以上で
視察ツアーを実施!

前回の記事では、北海道大学の先生方とともに北海道におけるリジェネラティブ農業のあり方を考えました。そして、この座談会にご参加いただいた先生や農家の皆さんと共に、リジェネラティブ農業について学ぶ「リジェネレイティブ農業研究ネットワーク」を先日立ち上げました。

このネットワークにおける最初の本格的な活動として、去る6/24(土)に、北海道・長沼町にあるメノビレッジさんにて視察研修をおこないました。なお、当日は、私たちのネットワークの仲間の他にも、福島大学の皆さんなども参加され、総勢40名を越える多様性に満ちた集まりとなりました。

「大地再生農業」の先駆者
メノビレッジとは

メノビレッジは、すでにメディアでも多く紹介されている農園です。農園を営むエップ・レイモンドさん、荒谷明子さんご夫妻は、20年以上前から長沼町で有機農業やCSAに取り組まれてきました。そして、4年前からはリジェネラティブ農業、レイモンドさんがおっしゃるところの「大地再生農業」に取り組まれています。

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レイモンドさん、明子さんご夫妻

もともと、メノビレッジでは、油かすや米ぬかを原料として「ぼかし堆肥」を作り、畑に散布するというやり方をとってきました。

しかし、あるとき「この方法は、農薬や化学肥料を多用する慣行農法と同じではないか」と思ったそうです。なぜなら、外部から何かを畑に投入して、土を作っているからです。

そして、レイモンドさんは情報収集を始め、大地再生農業のやり方を知ることになります。この農法の先駆者であるゲイブ・ブラウン氏の著書("Dirt to Soil"(日本語訳『土を育てる』)を読むことはもちろん、フランスで大地再生農業を実践している農家を長沼町に招き、色々な話を聞いたそうです。そして自分の農園にはこの農法が適していると決心し、そこから一気に大地再生農業へと舵を切りました。

不耕起の播種機や、メノビレッジの畑にあうようにミックスした緑肥の種をアメリカから輸入。さらに、羊も8頭飼い、メノビレッジなりの大地再生農業を開始したのです。なお、大地再生農業の基本的な方法などは、この連載の前々回の記事をご覧ください。

つまり、先日の視察によって私たちは、メノビレッジの四年間にわたる挑戦の成果と過程を、数時間という断面で見せてもらったことになります。

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大地再生が進む
メノビレッジの畑たち

メノビレッジの畑は基本的には転作田です。そのなかでもいくつかは、ため池を掘るための土を客土した圃場で、いわゆる地力がない圃場でした。まさに「大地再生」が必要な畑というわけです。

こうした圃場には、複数のカバークロップを播種し、羊を放してから小麦をまく、という取組をおこなっています。このカバークロップ→羊放牧→小麦・ライ麦の流れを基本として、状況を見ながら、放牧の回数を増やしたり、大豆作を入れたりといった取組をされているとのことでした。

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羊が放牧されている圃場

この「土の状況を見ながら土地利用を決めていくこと」はとても重要で、先に紹介したゲイブ・ブラウン氏はこうした姿勢を「統合されたカオス」と表現しています。

この取組によって、農場の一部ではすでに「大地再生」が始まっています。たとえば、農場のある部分の畑の土は、匂いをかいでも生き物の香りを感じません。ですが、同じ土質の別の畑に行ってみると、土の様子がまったく違うのです。ネットワークのメンバーで、土壌保全学が専門の北大・柏木淳一先生は「有機物の量が多いので黒く見えているし、指で潰すと水分があるのが分かる」とおっしゃっていました。

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メノビレッジの土の匂いをかぐ参加者

生産性はどう変わるのか?

では、こうした取組によって、メノビレッジの生産性はどう変化したのでしょうか。一般的には、化学肥料を与えないと、収量が下がるとも言われます。

しかし、メノビレッジの小麦反収(1反あたりの収量)は、同じ地域内の平均とほぼ同じ。さらに、品質も非常に良いとのことです。実際、先日視察した小麦畑も非常に良い状態に見えました。

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「環境」と「供給責任」
農家の葛藤を垣間見る

一方で、視察に参加した農家の皆さんは、一様に雑草の「多さ」に驚いていました。北海道の大規模な畑作地帯では、小麦の収穫はほとんどが共同作業でおこなわれます。さらに、小麦の収穫は雨との戦い、時間との勝負です。ですから、小麦の収穫作業では何より効率が重要で、作業を手早く終わらせるために、農家の皆さんは雑草が入らない小麦作りを目指しています。

日々そうしたことを気にかけている彼らから見るとこの状態では「雑草が多すぎて収穫してもらえない」と感じるのです。

メノビレッジの場合、共同作業ではなく自分たちのコンバインで収穫しているので、その点は問題はないといいます。ですが、視察に参加した農家の方からは、生産者として生産量を確保することが出来なくなってしまう、いわゆる「供給責任」が果たせないのではないかと心配する声も上がりました。北海道農業の中核的な担い手の皆さんが、日頃なにを考えて農業をされているのかがよく分かりますね。

しかし、こうした農家の皆さんは自然に近い場所で仕事をしているからこそ、自然環境の変化についても大変心配されています。「自分達の農業も自然環境を良くするためのやり方に変えるべきではないか」という言葉には切実さを感じました。

たとえば、たまねぎの移植栽培や馬鈴しょ、ビートなどを栽培している農家は、こうおっしゃっていました。

自分達のやり方で「土壌を攪乱しない」ということはできない。でも、今回見たように「土を攪乱しないこと」の重要性は理解できる。一体どうすればいいのか

こうした声に対して「不耕起が全てではない」との指摘もありました。先日の座談会にもご参加いただいた平田聡之先生からは「100%不耕起ではなくても、耕起を減らしながら土壌の再生を促していくやり方があるのではないか」とのお話がありました。

なぜ大地再生農業に取り組むのか

私たちは、自分達が当たり前だと思っていることと違うことを目の当たりにすると、否定的な態度をとってしまいがちです。

ですが、今回の視察に参加された農家の皆さんは、時に驚きながらも、「これを活かして自分達の経営や地域のために何ができるのか」を真摯に考えているように感じました。それは、自分達の農業のあり方を変えていなければならない、という真剣な想いがあるからだと思います。
 
視察の最後の意見交流会で、レイモンドさんはこうおっしゃっていました。

自然栽培だとか、有機農業だとか、そういうラベルが大切ではないのです。農家として、「enjoyable」(楽しく)「less work」(労力をかけず)で「profitable」(経済的)であることが大切。土の力や自然が、自分達(の農業)をどのように助けてくれるようにするのかを考えることが大切なのです。

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意見交流会でお話しされるレイモンドさん

とある玉ねぎ農家の方は「自分達はいかに土を細かくするかをずっと考えてきた。そうしないと発芽しないと。でも、この農場の不耕起の畑では大豆が芽を出していた。それを見れただけで良かった」と話されていました。

人が何か行動を起こすきっかけは様々ですが、現場に足を運び、実際に自分の目で見ることの力を感じました。まさに、"Seeing is Believing"なのです。

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プロフィール
小林国之(こばやし・くにゆき)
1975年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了の後、イギリス留学。助教を経て、2016年から現職。主な研究内容は、農村振興に関する社会経済的研究として、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社、2005、『北海道から農協改革を問う』筑波書房、2017などがある。
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