2019年12月 6日

放牧を経験する貴重な肉用牛、いわて短角牛は夏山冬里で育つ【短角牛 第1回】

グッドテーブルズ代表 山本謙治

 10年以上前から牛肉ブームが続く日本ですが、私たちが食べている牛肉の6割以上は輸入肉。黒毛和牛が日本の宝として喧伝される一方で、日本の牛の生産は減少しています。一方、海外では畜産におけるアニマルウェルフェアや持続可能性への配慮が重要視されるようになり、わたしたちが牛肉に向けるまなざしも問われています。
 そんな日本で、古くから地域の人々の暮らしに寄り添ってきた、短角牛という牛がいます。親子での放牧を体験し、地域資源を食べて育つ牛の生き方を知るシリーズ、一回目は雄大な山地での放牧についてお送りします。

日本で育つ肉用牛がどんな環境で育てられているかご存じだろうか。多くの人が、緑のまきばで草を食べて牛が育っていると夢見がちだ。しかし実際には、日本の肉用牛の9割以上が牛舎の中で育てられている。それは、日本の国土では家畜を放牧するに足る面積を確保することができないからだ。そんな中、広大な牧野で放牧され、母と子が一緒に育つ牛がいる。日本の肉用牛の0.3%と稀少な位置づけにある日本短角種のうち、岩手県で育つ「いわて短角牛」(以下、「短角牛」という)だ。

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初めてきくと驚く人が多いのだが、岩手はとても広い県で、じつに四国4県分に匹敵する面積を有する。県内で育てられる牛は黒毛和牛をはじめ、酪農用のホルスタインも多く飼われている。短角牛の産地は盛岡よりも北、青森県が近い県北部に集中している。夏にヤマセと呼ばれる冷たい季節風が吹き、冬は豪雪で道が埋まる地域だ。寒さの厳しいこの地域で短角牛が育てられていたことには、理由がある。そのキーワードは「夏山冬里」だ。

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 夏山冬里とは、夏は山、冬は里で育つという意味だ。なぜ夏山冬里という飼い方をするのか。昔、短角牛を育てる農家は、牛だけを飼っていたわけではない。牛を飼いながら、林業やタバコの葉などの生産で、生計を立てていた。

岩手県北部の農家にとって、暖かく燦々と陽が降り注ぐ季節は短いため、春から秋にかけての時期は作物に集中したい。そこで、母牛と春先に生まれた子牛を一緒に、山の上を切り拓いた牧野(ぼくや)と呼ばれる共同の放牧場に放すのだ。

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春から秋にかけて、牧野では牧草が生い茂り、短角牛たちは朝目覚めると、栄養がもっとも含まれる草丈の牧草を探して歩き出す。ある夏、短角牛たちが眠りから覚める前に牧野に行こうと、朝4時に起きて山道を急いだのだが、5時過ぎにはもう彼らは起きて草を求めて移動をしていた。

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牧草であればなんでも食べるわけではない。ちゃんと、栄養価がもっとも高くなった草丈のものを探して食べるのだ。よい草が生えている場所を見つけたら、母牛は一心不乱に草を食む。そのかたわらで子牛は、母牛のパンと張った乳房にむしゃぶりつき、母乳を飲む。

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この時期、牧野では母牛と子牛が互い違いになってジッとしているのをよくみかけるが、眼をこらせばわかるとおり、これは短角牛母子の授乳風景なのだ。

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こうして、短角牛の母子は5月から11月までのおよそ半年間を、広大な牧野での放牧で育つ。晩秋になると、牧野の草は枯れ、牛が食べるものがなくなってしまう。だから秋の終わりになると、山下げといって牛を里に下ろす。夏山冬里の「冬里」の時期となるのだ。

 短角牛に限らず、牛の母子は愛情が深いことが知られている。母牛が自分の子を見分けるのはもちろん、お乳も自分の子にしか与えないのが普通だ。

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この広大な牧野に、親子を放牧するというのは、短角牛の特徴だ。他の牛、黒毛和牛やホルスタインでも同じだろうと思うかもしれないが、意外なことにそうでないケースがほとんどだ。放牧を必ず経験するという意味で、短角牛は尊い存在といえる。

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 短角牛も、産地によっては夏山冬里方式ではなく、通常の肉用牛と同じように育てられることもある。ただし、岩手県北部の主産地では、基本的に夏山冬里方式で育てられていると考えてよい。なぜなら、短角牛が山にいる間に、農家は冬の餌である餌用トウモロコシや牧草などを育て、収穫し、貯蔵するというサイクルがあるからだ。夏山冬里はけっして昔のものではなく、岩手県においては、現代でも理にかなった牛の育て方と言えるのだ。

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 牧野は何区画かの牧区(ぼっく)に区切られており、草の育ち方をみて牛たちを移動させる。牛は基本的に40頭程度を一群として牧区に入れられる。牛たちを見ると、母牛と子牛だけではなく、明らかに体格の大きい、筋肉質の牛をみつけられるだろう。これが、雄(オス)の短角牛だ。

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雄牛は、40頭程度の母牛の群に一頭だけ入れられる。その仕事はもちろん、母牛に種をつけてまわることだ。ハーレム状態の中で雄牛は、母牛のお尻を嗅いで廻る。通常、牛は21日の周期で発情期を迎える。その時分泌するフェロモンを、雄牛は探知するのだ。

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 そして、発情期にある母牛を見つけると、その場で一瞬にして交尾する。これを自然交配という。短角牛のほとんどが自然交配によって生まれ、人工授精は限られた数しかなされることはない。

そんなことは当たり前ではないかと思われるかもしれないが、じつは日本の牛のほとんどが人工授精によって生まれている。自然交配で生まれる牛は数%に過ぎず、短角牛はその意味でも稀少な牛なのである。

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 人工授精では、ヒトが母牛の発情期を見極めて受精を試みるが、その受胎率はとても低く、6割以下と言われる。それに対して、自然交配は9割以上の受胎率と言われる。自然の摂理に任せているのだから、当然と言えば当然のことだ。

 40頭の母牛に種をつけて廻る雄牛は、力を使い果たし、山に上がる前の体重からおよそ50キロ程度痩せた状態で、山下げを迎えるという。ハーレムも楽じゃないということだ。

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夏山冬里という育て方で、かならず広大な牧野への放牧を体験すること。そして人工授精ではなく、自然交配という方法で子牛が産まれること。誰が見ても自然な育ち方をする短角牛こそ、稀少な牛だといってよいのである。

プロフィール
山本謙治(やまもと・けんじ)
1971年愛媛県生まれ、埼玉県育ち。
学生時代にキャンパス内に畑を開墾し80種の野菜を栽培。大学院修士課程修了後、大手シンクタンクに就職し、電子商取引と農畜産関連の調査・コンサルティングに従事する。その後、花卉・青果流通のワイズシステム(現・シフラ)にて青果流通部門を立ち上げ。2004年グッドテーブルズを設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事。その傍ら、日本全国の佳い食を取材し、地域の食材や食文化、郷土料理を伝える活動を続けている。2009年より高知県スーパーバイザー・畜産振興アドバイザーを受任。2019年には土佐あかうし「柿衛門」のオーナーとなる。
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